損得とは自分次第である
ざーっ、て、あっという間に雨が降ってきた。
ああ、俺でも月曜日でただでさえ少し疲れているというのに、なんだこの雨は。天気予報では曇りだったじゃないか。
しかも金曜日にも雨が降り、折り畳み傘を使ってしまい、家に忘れてしまうという失敗を今になってこんなにも後悔するとは、
「…さいあくや……」
健康に気を使う自分が、雨に濡れて風邪を引きましたなど冗談じゃない。
俺が謙也並の足を持っていたら思い切ってダッシュして帰ろうと開き直れたかもしれないが、
はぁ、と溜息を吐いて、窓の外を見ながら「あ」とひとつ声を上げた。
財前に、先帰っててもらわな。
最近になってなぜか一緒に帰りはじめたけれど、こないだの金曜日は財前が傘を忘れてちっちゃい折り畳みで笑いながら一緒に帰ったなぁ。
そもそも、なんで一緒に帰ったのか。
まぁ財前といれば楽しいし、結構話が合ったりするし、次期部長は財前にと考えているから別にそこまでおかしいことではないのだけどね。
とりあえず、俺は小降りになるまで待ってよう。より一層激しくなったりしたら潔く、堂々と歩いて帰ってやろうじゃないか。
ざーっと雨の音がうるさい日は、やっぱりこの学校だって雰囲気がどこかしっとりしている。
空が暗いため昼間に学校にいるみたいな感じがしないんだ。(と俺は思う)
本当は、雨が嫌とか、濡れて帰るのが嫌とかじゃなくって、
財前と帰れないのが、
少し、ちょっと、ちょびっと、寂しいって思った。
「部長、傘は?」
「傘忘れてしもてな、小降りになるまで待とう思ってん」
財前が教室に来て、まだ自分の席に座っていた俺がそう言うとむすっと眉間にシワをつくった。そんままの顔で近づいてきてびびる。
そんなに、機嫌を悪くしなくたっていいじゃないかと思ったけど、口には出さない。
またちょびっとだけ、俺と帰れないのが嫌って思ってくれてるなら嬉しい。
俺、おかしいな。
「待ってたらもっとひどくなりますよ」
「え」
「ほら、」
携帯の画面を見せられ、右下に小さい枠で天気のマークが表示されている。今日、明日、と雨続きで、財前が「さっき詳しくみたらこれからもっと強うなるて」と言った。
「あー、なら、しゃあないなぁ」
「なにが」
「雨に濡れて帰るわ。まぁあれや、水も滴る良い…」
言いかけたとこで、財前が俺の机を、拳でドンッて殴った。その音に肩がびくっと跳ねて、心臓もばくばくとしていた。
舌打ちが聞こえて財前を見ると、いやお前それ先輩に向ける顔やないやろってくらいむっすーとしとった。
え?なに?俺と帰れないから怒ってるの?それともナルシスト発言っぽいものをしようとしたから怒ってるの?
「部長」
「は、はい。うわっ」
思わず敬語になってしまったと思ったら、財前の顔が近付いてきて、心臓のばくばくはまだおさまることを許されない、ようだ。
「なんであんたはそうなん?」
「えっ、そ、そう、て?」
「金曜日、あんたは俺を傘に入れてくれたやないですか」
財前が人差し指で俺の胸をとんとんとしてきて、こくりと頷くと「だったら」とむしゃくしゃしたように言って、ワックスでせっかく固めてある髪を財前はぐしゃぐしゃと掻いた。
こんな財前は、あまり見れないような気がする。
「なんで『忘れたから傘入れて』って言われへんのですか」
「…え…?」
「なんで俺がおんのに、頼ろうとしないんすか。年上だからとかくだらんこと思ってんのかは知りませんけど、別に濡れて帰らんでもええでしょ?」
いや、財前に頼らない、とか、年上とかじゃないけど、そもそも傘に入れてもらうという考え自体浮かばなかっただけなんだ。
はぁーっとながーい溜息をついた財前が、「帰りますよ、一、緒、に」そう、一緒にを強調してすたすた歩いて行ってしまった。
誰もいない教室の電気をぱちんと消して、ドアを閉めて、本当は走ってはいけないのだけれど、財前を追いかけるために少し走った。
少しどきどきしている心臓は、さっきの財前が机を殴った音のせいで、強くなってる雨のせいで、今走っているせい、なんです。
だから、決して、財前の言ったことが嬉しいとかね、ましてやときめいたとかじゃあ、あらへんのです。
追い付いたら財前に「傘に入れて」って言うんや。
そしたら、「当たり前です」って、笑ってな。
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