休める場所に
財前1年白石2年
最初はなんか苦手というか、自分から話しかけようともせぇへんかったし、特別あっちからよく話しかけてくるなんてことも無かったが、ただ純粋に尊敬をしていた。
でもどこかでおかしさ、というのか。
何かを感じていた。
正直人間に完璧なんてのはありえないことで、あの人が愚痴とか弱音とかを吐くことがないとしたら、それは完璧とちゃうんやないか。
かと言ってあの人が愚痴を、ましてや弱音を吐くとこなんか想像できなかった。
「…なんや財前、忘れ物か?」
そんな風に考える様になってからか、部室に忘れ物した俺はまだ着替えてもいない部長がいたことに驚く。
自主練をしてることは知っていたが、とっくに帰っているものだと思い鍵を借りる気満々であった。
そしたら、夕日に染まる部長がいて、柄にもなく綺麗やなぁなんて。
それからときどき俺は寝たふりして部室に残ったりした。部長のことをもっと知りたいと思ったから。
でも部長はそれがあまり嬉しくない様だった。
部長はミスター完璧なんて呼ばれている。だから、こんな遅くまで自主練してるのを誰かが待ってるなんてあまり良く思わないんだろう。
そのとき俺は、この人は完璧なんかやなくて完璧になろうとしてると分かった気がした。
部長は部長やけど、2年生。いくら強くたって中学2年や。悩みがないなんてありえん。
ただ、その悩みを聞ける俺になりたかっただけ。
「部長はすごいですね」
何気なく二人きりの部室で着替える部長にそう言ってみると、部長が少し睨んできてびっくりした。
「…馬鹿に、してるん?」
どこをどう解釈したのか、今思えば変な解釈する位に色々溜まっとったのかもしれん。
「してません」
「しとるやろ」
でも俺は謝るなんてことはしない。やって謝ったら馬鹿にしてると認める感じになってしまうし、もしかしたら部長の本音を聞けるかもしれない。
「しとりませんて。ほんまにすごいなぁって思っただけっすわ」
「…すごいなぁって、なに?特別なもん持っとらんでも馬鹿みたいに練習して、すごいってこと?」
なんでそう悪い方向に持っていくのだろう。練習なんて偉いなぁ、そんなことないでありがとお、で、ええんとちゃうの?
「頑張れるのがすごい言うとるんです」
無意識に溜息混じりになって、まずかったかなと部長を見てみると泣きそうな目で俺を見てきた。えっ、俺泣かしてしもたんかな。まだ泣いてへんけど。
「頑張るしかないやろ!」
大きい部長の声に情けないが固まった。と同時に、感動のような変なものが自分の中を渦巻いている。
「俺には謙也みたいな足ないし、小春みたいな頭も、ユウジみたいな物まねも、財前みたいな才能も、ないんやから…!」
俺がこの人の不安やらなんやらを聞いている、優越感。
これはあの部長の親友さえ知らない部長の心の奥のほんの一部。
「練習せんと、皆と並べへんやんか…!」
え、なにそれ。
皆と並べへんって。いつも完璧な四天宝寺の聖書が、そんな可愛らしいこと考えてたん。
そんなん誰にも言わんと抱え込んで毎日毎日部長やっとったんか。
めんどい人やな、部長は。
「部長、部長」
「っ…なんやねん!」
「部長は強いですよ」
俺の発言が予想外だったのか部長は数秒間きょとんとしてから頭にはてなを浮かべていた。怒っていいのか分からないのだろうな。
「十分、並べてるやないですか」
部長の眉がだんだんと下がって、困った様な顔をする。弱音や愚痴を吐かないから励まされたりそれに対して意見を言われるのは慣れてないんだと思う。
「それに、あの人らは部長を置いてったりせぇへんのとちゃいます?」
っちゅーかむしろ、一人は部長に追いつくのに必死やと思うで。親友さんは。
「………ざい、ぜん。」
「はい」
「俺んこと、嫌いになったりせぇへんの…?」
今度は心底心配そうな顔で俺に聞いてくる部長に「は?」と声が上がった。
いつも頑張っている部長をこれくらいのことで嫌いになるやつなんていないし、いたらぶん殴る。
「別に。嫌いになるようことされてませんし…。」
「やって、いきなり怒鳴ったり…して…」
「今のは、部長の本音でしょ?」
部長は何か言おうと口を開いたが、思い付かなかったのか、閉じてしまった。
もっと言い訳とかすればいいのに。
「むしろ本音聞けて良かったです」
というか、みんな聞きたがっているんじゃないだろうか。
部長の顔を見ていると、その顔がだんだんと赤くなっていくのが分かった。え、なんで…?
今ので、照れたの?
「…財前、変や!!」
必死に探してやっと出た言葉がそれらしく。
「なんで…!?」
「や、やって、本音聞けて良かったとか、変やもん!俺は聖書やで?完璧やで?あんなん、普通がっかりするやろ!」
なんやねん、じゃあ、つまり、部長は皆に聖書やら完璧やら呼ばれているから、本音なんか見せたら駄目やって思っとった訳?
………変な人。
「俺は、部長が俺にああいうこと言ってくれたのが嬉しいんです」
「っやから…」
「溜め込んどくん楽やないですやろ。部長が聖書、完璧言われても人間なんやし不満とかあるやろし。でも、それを言ったらあかんって思ってたんなら俺に言ったのが最初でしょ?」
「……?え…?」
「部長の本音聞けるほど近づけたってことでしょ?」
まぁ近づけたと言っても俺が一方的に部室で待ってたりしただけだが。
「……いや………あの…」
「これからは俺に本音、聞かせて下さいよ」
部長は完全に困っているがそこには照れた感じも混ざっていた。
その日から俺と部長は前より話すことが多くなり、ときどき部長が本音を言ってくれて、それでも申し訳なさそうにするので俺も部長と同じくらい愚痴やらなんやらを零した。
部長も前よりすっきりしていた、様な気がする。
そういえばもうここ位で俺の尊敬という気持ちはなくなり(悪い意味ではない)、それとは違う、男相手に信じがたいものを部長に抱いていた。
ただでさえ、女相手にさえ愛だの恋だの馬鹿馬鹿しいと思っていたが、まさか部長相手に。
というか、部長を寂しい夜のアレにするとは俺は自分でも引いた。
部長が自主練終わるのを待っていても嫌そうなそぶりはなくなったし、寄り道とかもときどきするようになった。
部長とここまで仲良くなるとも思ってなかったけど、部活の愚痴やらなんやらして、あの歌手はああだの、欲しい健康グッズはだの、俺がよく話したり部長がよく話したり。
特別趣味が合うとかはなかったけどあれはここがいいとか悪いとか、言い合うのはそれなりに楽しかった。
「最近財前、白石と仲ええなぁ」
謙也さんにもそう言われるようにまでなって表には出さなかったが嬉しかった。
俺も2年に上がり、遠山やら千歳先輩も入部して部長は大変そうだったが楽しそうでもあった。
今日も、変わらず俺は部長と話す。
何を話しているかは、千歳先輩も謙也さんも知らない。
それだけでも十分な気がした。
まぁ、俺が満足しといる中部長に告白されることになるのを当然まだ知らなかった俺である。
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