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負けたわけじゃない

「謙也のアホ!」
「アホ言うやつがアホなんや!」

少し委員会んことで先生の話を聞いて、部室に来たらこれや。部長と謙也さんがなんか言い合いしとって、俺はドアを開けながら突っ立ってた。
いや、やってなぁ、部長と謙也さんが言い合い、っちゅうんは驚くほど珍しくもないけど部長が冷静さを失ってるんはまぁ珍しい。のか?

とにかく変に割り込んだら物が飛んでくる、なんてことはないんやろうけどそう思うくらいお互い睨み合っていたから、動けない。

「………どないしたんです」

近くにいて同じように動けないでいるユウジ先輩に小声で問うが困った顔をしただけで返事はなかった。
どうせアレや、部長がなんか無理したんを謙也くんが心配してそれに部長がムカついたとかそこら辺なんやろうけど?

部長のことは正直、恋人である俺もめんどい人やと思う。
色々無理して、健康マニアとはいえあれでよう身体壊さへんなってなるし、でも下手に心配したらあちらもなぜかプライドのようなものが高く、素直にそれを聞けん。

謙也くんもいつまでたってもそれを学習せぇへんのやな。

「そもそもお前はなんで人の心配を素直に受け取らんのや!」
「うっさいねん。大きなお世話や!」

どうやら俺の予想は大体合っていた様で、謙也さんはフツーに怒っとるみたいやけど部長は顔真っ赤にさせてなんか、恥ずかしがっとんのか怒っとんのか分からん。
部活、せぇへんのかな。
ほんまに部活がやりたいって訳やないけど、この喧嘩の中突っ立っとるよかずっとマシな気がする。

っちゅうか自分の恋人が自分をほっぽって他の誰かと喧嘩しとるとか、全くおもんない。

しかも喧嘩の内容がただのバカップルみたいな、なんて言いたかないけども。

「謙也に心配されるほどやわやないし…」

ボソリと呟いた部長の言葉に、謙也さんがさっきの表情はどこへやら呆れたような表情へ。
はぁ、と溜息をついた謙也さんから視線をユウジ先輩に移すとユウジ先輩も調度謙也さんから視線を外した後の様で、俺に向かい首を横に振った。
それが何に対してかは分からんけど。

「じゃあもうええし。どうなったって知らんからな」

低い声で部長にそう言った謙也さんはさっさと着替えて部室から出ていってしまった。部長はと言えば真っ赤だった顔はもう無く、完全に俯いていた。
俺が部長に近付くとユウジ先輩が謙也さんの後を追うように扉へ向かう。
「そっちはよろしくな」みたいな目を向けて謙也さんが向かったであろうコートへ走っていってしまった。

「…部長」

つい俺も溜息が混じったように呼んでしまったが、返事はない。
ここで泣かれたら嫌やなーなんて思って部長の頬に手を沿えれば部長の肩が少し震えた。

「…みっともないとこ見せてもうてすまんなぁ」
「今更何言うとるんです」

案の定泣きそうな顔しとる部長が、無理をした笑みを浮かべた。なんだかそれに苛立って、沿えていた手を少し離しぺちっと弱く頬を叩いた。部長の潤んだ目がびっくりしたように見開く。

「な、なに」
「部長も悪いですからね」
「………」
「ほんまは、照れてるだけとかそこら辺でしょ、」
「……分かっとる。分かっとるけど…」

いや、分かってへんやろ。
まだむすっとしとる部長がまた泣きそうになるんに別に慌てることもなく、話を続ける。

「謙也さんもほんまに心配しとんのですよ。それを部長は分かってはるから恥ずかしいんでしょ」
「……それでも、嫌なんや」

何が嫌なんやろう。部長も心の奥の方で嬉しいはず、なのに

「俺、自慢とかやないけど、完璧やなんや言われとるし…実際勉強やって運動やって人よりできるし、やから誰かに無理しとるんやないかとか言われんのはまぁ、慣れとるっちゅうか…やからそんときは、『分かったような口聞くな』って思える…」

部長は、確かに部員以外の他人とかと話すとき本心から楽しそうなときはあまりない気がする。

「でも、謙也から言われると、分かったような口聞くなとか、言えん。やって分かっとるんやもん。悔しいねん」

ああ、この人ほんまに、アホか。
この悔しいは、謙也さんに心配されたことに対しての悔しいではなくて謙也さんに気づかれるくらい表に出ていた自分に対してやろう。
っちゅーか、皆気付いとるっちゅうねん。そんまま言葉に伝えるのが謙也くんしかおらへんだけや。

部長はそれが悔しくても皆は結構謙也くんのそれに助かっとる部分あるし、ちなみに俺はそれが悔しい。

きっと部長は謙也さんに言われるからこうやって言い合って悔しくて泣きそうになってそこでやっと反省すんのやろう。

でも他の人が言ったら?
例えば、俺や、千歳先輩。
きっと部長は自分のことを情けないと思うばかりで、落ち込んで、すぐ反省して、また無理をする。

謙也さんにしかこんなにムキになったりせぇへん。
それを謙也さんは分かっとるんやろか。

…ま、ムカつくから教えてやらんけど?

「俺な、無理しとるよ。無理しとるけど、それはそれで良い思っとる。ぎりぎりやけど、ぎりぎりまで頑張んの、楽しいねん。おかしいかなぁ…?」
「………部長が良くても、やっぱり心配なんですよ」

正直部長の考えは全くわからへん。
自分を追い込むんが楽しいてMなん?それともぎりぎりまで頑張ったことによっての優越感みたいなもんがあるんか?

「俺ね、部長」
「ん…?」
「部長が無理しとるの見たらきっと、助けられん俺って何やとか、急に情けなくなるんすわ。部長にとって頼れる存在やないんやなぁって、思う」
「…そんな、こと」
「そう思ってまうんです。やから、謙也さんも多分そうです」

部長ははっとして、泣きそうになるのをなんとか堪えた。自分が今ここで泣いたらあかんと気付いたんやろう。

「でも、きっと俺、呆れられたし」
「やったらこんままでええんですか。謙也さん、多分今回は謝りそうにないですけど」
「……よく、ない」
「なら謝らな」
「………」

あー、うん、謙也さんに謝るのは心配されるよりもプライドがアレやろうけど、自分の恋人とダブルスパートナーがギスギスなんてごめんや。

「喧嘩する程仲が…って、恋人の俺に言わすんですか?」

うっわ俺優しい。部長がさっきより自然ににこりと笑って、少しときめいてもうた。すると部長が段々近付いてきて、あ、って思ったときにはもう唇を奪われている真っ最中。
深くはない触れるだけで離れた唇は物足りないが、こんな状況やからもう一回なんて言わん。

「仲直りできますようにっておまじないと、お礼や」

謙也さんと仲直りすんのに俺とのキスが必要か、まぁお礼として受け取っておく。割に合わんけど。

「……財前、ついて来てくれん?」

…おまじないしたんやから一人で行ってください。なんて言わへん。
どうせ謙也さんは部長に謝られたら謝られたで慌てて、照れながら「ええよ」と言うんやろう。俺のおかげで!

「…まったく、しゃあないっすね」

部長には、また後でお礼貰わな。







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