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被害を受けた容疑者

ずきんと肩が痛む。「ごめん」と言いながら泣く白石さんを出来るだけ優しく抱きしめた。

「白石さんは悪くない」
「俺が悪い」

俺の頬を撫でた手を見てみると、服の隙間から真新しい痣が見えた。
むしろそれが申し訳なく、少し抱きしめる力を強める。

「白石さん、俺じゃ駄目ですか…?」

この質問も何回目か、わからん。答えは、分かっとる。
白石さんは悲しそうに笑って、もう一度「ごめん」と言った。皮肉にも綺麗なその笑みに全てなんでもよくなってしまう。
ほんまは白石さんかて分かっとる。こんままやったら、こんままあの人を愛し続けたら、自分が壊れてしまうかもしれんと言うことに。

「白石さんが俺のもんにならんのやったら、俺はあの人を殺してまうかもしれん」

犯罪者になっても、白石さんが壊れるよりずっとええ。
白石さんの為、なんて言い訳みたいなんはいらん。俺の為に。

「…そうなってくれたら、どんだけ楽なんやろ」

小さく呟かれた言葉に、驚きを隠せず、絶望を感じたのはなんとか隠した。

白石さんは俺が犯罪者になってでもあの人から離れさせんと自分から離れることなんて無い、そう言われた気がした。決して白石さんにとって楽なことではないのに、白石さんはそうなれば楽だと言う。
離れられない。それがどれだけ辛いのか、きっと白石さんは自分が壊れてもあの人を選ぶのだろうか。

「ムカつく」

結局、いつだって敵わないのだ。
白石さんの身体を手に入れたって、白石さんから想われたって、いや、想われてるはずなのに、白石さんの心はいつもあの人のもんで。
そんな白石さんを愛しいと思ってしまう。

分かってる。
肩の痛みが、あの人はほんまは白石さんをちゃんと好きって証拠だということも、あの人が愛し方を間違っているだけだということも。

分かってるから、分かってるから、せめて白石さんを楽にさせてあげたい。
それくらい許して欲しい。

「財前が好きや。でも」

同じくらい

「同じくらい好きなんや」

やっぱり。ああ、残酷な人。きっとこの人はなんの偽りもなく俺とあの人両方好きなんや。あの人の愛し方も、俺の愛し方も、どちらも必要なんや。

「俺は、白石さんだけを好き」
「…うん」
「白石さんが1番好き」
「…うん」

分かっとると言うように俺の背中を撫でる白石さんを、もっと強く抱きしめた。
痛いだろうか。痛みで泣いているのだろうか。いや、違う。

「白石さんの為なら、犯罪者にだってなったります」
「………う、ん」

嗚咽混じりでぽろぽろと涙を流しながらしゃくりあげる白石さんは、ほんまぐしゃぐしゃなのに綺麗やと思う。
白石さんだけは、純粋に見えた。
この涙すら他人の為に流しているのだろう。それが俺だったら良い。

「好き…」

その言葉も、俺に対してだったら良い。







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