「はぁ…」


未だ名前の外は埋まった欄のない紙を前に、待ち合わせのマジバで1人ため息をつくのは、晴凛高校バスケ部主将日向順平。


紙の一番上を堂々と飾るのは、“進路調査表”の五文字であり、全く埋まらないその解答欄は、“志望校”“将来の職業”など、まだ深くは考えていない日向を悩ませため息をつかせるに十分な要素となる文字だった。







好きなこと、興味のあることがないわけではない。
バスケには全力をもって臨んでいるし、戦国武将についてならそこらの日本史教師より詳しいかもしれない。
だがそれを仕事にするとなると。


ふ、と、恋人を思い出す。
素晴らしい才能を持つバスケプレイヤーでありなおかつそのルックスでモデルもこなしている。頭の中身は少々残念だが、


「(将来有望……ってか。)」


“キセキ”と呼ばれる才能
人を惹き付ける、そのオーラ


それが欲しいと思うわけではないが、やはり“凡人”な自分と比べてしまう。


努力では届かない、神の与えたプレゼント――才能


「(………って、何考えてんだよ……
アイツだって、がんばってるわけだし…)」



海常でのレギュラーとしての決して楽とは言えない練習に、人気モデルとしての多忙な仕事。
そのどちらも手を抜かず、本気でやっている。今の彼に自信こそあれど、そこに驕りや過信はない。


今も黄瀬はモデルの仕事中だ。終わったらデートしましょ!!と言われ待っている。

その時のキラキラした目と見えないはずの思い切り振られたしっぽを思い出すと、笑えてくる。非凡な才能や機会に恵まれている筈の黄瀬のそんな表情はどこか可笑しく、同時に嬉しく微笑ましいものだった。明日までに提出と言われ、今までのらりくらりとかわし続けたツケかできるまでは部活もお預けと言われた状況を思い出すと、自然と顔は苦いものに戻るのだが。




「…どーぉすっかなぁ…」「何がっスかぁ?」
「!?」


後ろから聞こえた声に驚き振り返ろうとすると、背中に抱き着かれた。帽子を深めに被っていようと、日向が声を間違えることはなく、



「ちょっ、おい、黄瀬…!」
「ひっさしぶりっスね!日向さんっ」


シャラッと効果音のつきそうに笑う黄瀬。やはり見えないはずのしっぽを思い切り振りながら仕事を終えたモデルはぎゅうと腕に力を込めた。


「ばっ離れっ…」
「だぁいじょうぶですって!
戯れてるだけにしか見えないっスよ?」
「そういう問題じゃねぇよ!」
「もー、仕方ないっスねぇ」



しぶしぶ、といった表情で日向から離れ、向かい側に腰かける。拗ねたようにそっぽを向くそんな仕草も様になるもんだと眺めつつふう、と日向が息をついたのも束の間、





「で、この紙なんスか?」


あ、と思ったときには既に調査表は黄瀬の手の中だった。



「あれ、締め切り明日じゃないっスか」
「…………そーだよ」


先程より苦い顔になりながら日向は答えた。
何だか妙なプライドが働き、未だ進路の決まらない自分が情けなく思える。


「決まってないんスか?」
「……あぁ。」
「ふぅん……」


まじまじと黄瀬に紙を見つめられ、日向はどうにも居心地が悪かった。


「(無言になりやがるし……)」


そろそろ返してほしい、というより、折角久しぶりに会えたというのに恋人が紙と向き合っているのは、些か空しくもなる。それもこれも自分のせいであるのは明らかだが。
調査表についてはもう何とか適当に、と思うと。



「あ、そっか!
シャーペン、あるっスか?」
「へ?あ、あるけど…」


無言だったのは、なにかを考えていたらしい。黄瀬はシャーペンを受け取ると、嬉々として書き始めた。


「ちょっ…」

制止の声が終わる前に、書き終わったらしく誇らしげに紙を掲げてきた。



「どうっスか!?」
「――――っ!」



将来の夢。

“黄瀬 順平”



「………な……」



驚きすぎて声も出ない。どこからそんな答えが出たのか。徐々に顔に熱が集まる。


「だってまだ決まってないんスよね?いいじゃないっすか、黄瀬順平さん!」
「お…前なぁ……」



脱力。
その一言に尽きた。
思わずテーブルに突っ伏してしまう。
張っていた気が、一気に緩む。


「え、ちょ、日向さん……
ダメっスか………?」


見なくても分かるほど不安気な声。見えないしっぽと耳が垂れ下がっていることまで容易に想像できる。


「あーもーお前何なんだよ……」
「え!?やっぱダメ!?」
「貸せ」



下がった綺麗な眉に苦笑しつつ紙を取り返す。

黄瀬が書いたクセのある字にあえて消しゴムでなく二重線を乗せ、その下に思い付いた答えを書き直す。



「これで十分だろ」
「ちょ、え、酷くないっスか!?」
「ジュース買ってくるわ」
「日向さぁん!?」




“大型犬の飼い主”




これで出したら流石に怒られるよなぁ、と考えつつ、日向は二人分の飲み物を買いにレジに並んだ。




「(ちょっと気が軽くなった、なんて、言ってやらねぇけど)」









前サイトより改変転載

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