※697話〜捏造
「―――さて“麦わら屋の一味”はおれの手に負えるかどうか……!!」
スープを飲み終えた皿を投げ捨て立ち上がったローが含みを込め言った。独り言にも聞こえるそれは愉しげでもある、とスモーカーは感じた。
立ち寄った島内に居座っていた七武海との接触。心臓の切り取りに身体の入れ替わり。実験室に送り込まれた海難事故扱いの子供たちとその奪還。殺人ガスからの部下の救出。明らかになったG-5基地長、そして“ジョーカー”の正体。
いくら新世界とはいえ数時間で体験するには目まぐるしすぎた。もうこんな忙しさはごめんだと一人ごちた。
「で、“何でおれを消さなかったか”、だったか?」
顔だけをスモーカーに向けローが唐突に言う。スモーカーは座ったままなため、自然ローから見下ろされる形となる。その答えが得られるとは思っていなかったスモーカーの方眉が上がった。ローの目には先程の声の愉しさが映っている。
と、
「……“room”」
「っっ!!」
翳したローの手から一瞬の内にスモーカーとローを取り巻く“room”が出来ていた。
このときのスモーカーは、“海賊”を前に完全に油断していた。海軍としての本分を忘れていたわけではないが、決死の“共闘”の合間に生まれた馴れ合いがまだ温くスモーカーの中に残っていたのだ。まさか今海軍として手を下すことにはならないだろうと。いや、それすら考えていなかった。今更ながらスモーカーは自分を叱咤する。なぜ自分は(認めるのは癪だが)仲良く隣で食事などしていたのか。
咄嗟に十手に手を伸ばし立ち上がり、
「“シャンブルズ”」
「っ、くそっ!」
意味はないと分かっているが身構える。ローの口許が更に歪む。
が、その声の後も何も起こらなかった。伸ばした腕はしっかりと望んだものを掴み、五体も満足、心臓に穴も空いていない――――
「そう警戒するな」
「!!??」
すぐ近くで声が聞こえ、能力で近寄ったのだと分かった。ばっと振り向けば思った以上に近くに立っておりあとずさりする。その口に葉巻を1本、くわえていた。自分の口を見下ろせばなるほど、1本足りない。スモーカーから奪ったようだった。
「……気紛れに、決まってんだろ?」
今度ははっきりと、愉しんでいると分かる声音だった。スモーカーより幾分低い目線が挑発するように見上げ、葉巻をくわえた反対で口角を上げる。スモーカーは苦々しく顔をしかめた。
――遊んでやがる
腹立たしい。まんまとひっかかった自分に。眉間の皺が深くなった。
だが、スモーカーの反応がひどく気に入ったのだろういつもより笑みを深めたローから目が離せなかった。
それはただスモーカーと同じ白い世界に黒く包まれた姿が際立ったからだろうか。
「じゃあな、“白猟屋”」
「っ、待て、ロー」
くる、と船へ向かおうと振り返ったローを、十手を持たない手が思わず捕まえた。思わず、とはいえその目的が海賊の捕縛ではないことだけはスモーカーも自覚していた。そして今放せば二度と捕まらないことも判っていた。
ローはそれに気づいたのか否か。慌てた様子もなく振り払いもしない。
残してやりたい、と。
“白”の世界に一瞬にして入り込み“黒”を落としたように。
やはり食ったような笑みが貼り付いたままで、どこまでもスモーカーの癪に触った。