『もし俺が海賊じゃなかったら…』『もしアンタが海軍じゃなかったら』そいつは何度かそんなことを呟いていたようだ。そして結局俺自身そう思いかけて、でも途中で思考を止めた。絶対にそいつには言わなかった。そいつも、俺に明言したことは1度もなかった。じゃなかったら、の先は何だ?そんなこと、考えなかった、考えられなかった。
俺たちは敵だったんだ。あちらの世界ではこの上なく明白な、火を見るより明らかな、何よりも明確な。2人の間に“その先”どころか“共にいる今”が在ること事態異例で異常、異質。
そんな分かりきった中だったのに、なんだってそいつは海軍基地に入り込んでんだ。俺の部屋で勝手に寝てんだ。そしてなんだって俺は最終的に追い払いもしなくなったんだ。しかも思い出した“前”の俺の記憶を占めるのが、何年も連れ添った同期でもドジな女部下でも自分を慕った救いようのない海兵のゴロツキどもでもなく、数度の逢瀬で何の進展もないまま死別した敵の野郎なんだ。さらに酷いことに結局俺は“こちら”でも夢か現かも分からぬそいつの面影を追っているんだ。恋するかのように。
そう思っているくせに。
――― 。
そいつの名前だけは、いくら思いだそうとしても、欠片も出てこなかった。
断片的だったそいつの記憶、あちらの記憶。昔からあった“正義”の重さや水との不仲はここが発祥か、と思うくらいの鮮明さで徐々に埋まる。それなのに思い出せない呼べないそいつの名。それが抜け落ちているだけだが言い知れない不安と焦りを募る。これ程自分の中を海賊らしく勝手に占拠しやがってるくせに、一番肝心なものが足りない。重症なのは、だからそいつをこちらで見付けられないんじゃないかと思ってしまうことだった。
――それとも、俺の中に確かに産まれてしまっていた許されない心のせいか。
そいつは笑って逝った。そういう生き方をする自由な人種だったし、そいつ自身そういうヤツだった。誰よりも自由に、だがそれは滅茶苦茶に生きるのではない、自分の中に一本誇りという筋を通していた。背にそれを負っていたのは俺と同じなはずなのに、俺と違って組織に縛られているのでないそいつは自分に眩しかった。
だから納得できるはずなのに、そいつの死が俺にはやりきれなかった。
弟に捧げたその最期に偽りがあるとは一分も思わない、自身に悔いなく生きるそいつを気に入っていた、そうなることを判っていた、なのに。
心のどこかで、生を望んでいたのではないか。誰が?俺が。何故?俺が、そいつを――
矛盾だらけだった。
言葉と思いと行動と。
今なら。
もし今のそいつが同じようにこちらで人生を楽しんでいるなら、会えなくてもいい、せめて幸せを、と願える。
会いたいなど、そんな大層な願いは捨てる、と思って―――
「……スモー……カー……?」
不意に振り向いたそいつが目を見開く。さすがに半裸は止めているようだが記憶と同じ猫っ毛に健康そうな浅黒い肌、年齢よりも幼く見せるそばかす。そして何より、
「――……っエース……!」
口を半開きにしたいつもの間抜け面、は、一瞬にして歪んだ。
こちらではもちろんあちらでも一度も呼べなかった、なのにするりと流れ出てきた名字でないコイツの名。
エース。
「……っスモー…カー………!」
あぁ、コイツも、同じように想っていたのか。
駆け出した元海賊は、元海軍に飛び付いて泣きそうな声で繰り返す。
「っ、スモーカー……スモーカー…!」
「エース……やっと会えたな」
泣きそうな声は嗚咽と水に変わり、俺の肩を濡らした。
グダグダ書き連ねましたがようするにスモやんもエースさんも好きだったのよ、て話が書きたかったはず
転生ネタ好きです
報われなくてもいい
海軍と海賊との恋は多分実らないと思うのです、翡霞戯的に(いや、実らせて書いてるけどさ)
だからこそ報われる転生ネタは大好きですあれさっきと言ってることが