ヒグラシが鳴いている、と思って、ふと視線を上げた。あかく染まったレースのカーテン、その隙間から覗く空もまた、同じ色をしていた。物の少ないワンルームの室内も。燃えてるみたいな、おれの世界のすべて。
「余所見、してんの」
ほとんど囁きに近い声は掠れて、あまくて、すこしだけ上擦った音でおれの鼓膜を揺らした。見下ろした先、おれのじゃない素肌があかい。入り日に照らされているのだからそんなのは当たり前で、けど、ここにはそうじゃない赤色が含まれていることもおれは知っているので、知っている以上、それを取り出してみたい、なんてことを考えてみたりなんかも、する。引き算とか割り算でどうにかなんないかな。なんないか。
「終わるなあ、と、思って」
「ッ、ン……なに、が」
えぐりながら、答える。溢れそうになったものを押し殺して、彼は問う。安アパートの壁は薄いのだ。
「さあ、なんだろ。一日とか、夏、とか?」
「なんで疑問形」
「わかんない。けどなんか漠然と、終わりだな、ってかんじがする」
「ふうん」
投げ出されていた右手が気怠げな動きで持ち上げられて、それから、おれの左手を捕まえる。手のひらをぴったりと合わせて、指が絡まる。こいびとつなぎ。もうちょっと汎用性のある呼び名がほしい。
「……もしかしておれ、いま甘やかされてる?」
「たまにはな」
楽しそうに笑う。こいつ結構余裕だな。
「大丈夫だよ。今日が終わって、夏が終わったって、終わらないものもあるだろ」
「なんで、そう言えんの」
「俺は終わらせるつもりねーから」
おれを射抜くふたつの瞳はこんなときでも真っ直ぐで、いつだって変わらずそうなのに、でもいまはすこしだけ、動揺してしまった。
「おまえは知らねえだろうけど、俺は、おまえになら俺の全部をやってもいいか、って、思ったんだよ。……ま、やらねーけど」
いっそ一回焼け死んでみるのもいいかもな? って、面白がるような言葉とは裏腹の、凪いだ海みたいな声とまなざしで言うものだから、おれはもう、うん、って短くこたえるだけで精一杯だった。
残照に沈む世界で、今度はおれから手を繋ぎなおす。ここにある熱さえ絶やさなければいいのだと、もうわかっていたので。
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