『おはようございます』
『すみません、ちょっと遅れます』
『すずしいとこで待ってて』
 連続で送られてきたみっつのフキダシにひとつのスタンプで了解の返事をして、ちいさく息を吐いた。目の前を通りかかったスーツ姿の女の人が一瞬だけこっちに視線を寄越して、またすぐに前を向いて歩いていった。ため息を吐いてると思われた、ような気がする。別にそんなつもりではなかったけど、ため息とため息じゃない息の境目の在り処をおれはしらないので、おれが吐いた空気のかたまりはため息だったのかもしれない。街中で突然ため息を吐く人間、は、ちょっと嫌だな。
 目線をスマホの画面へ落とす。へんな生き物がどうやら謝罪の意を示しているらしい、ということがかろうじて読み取れるスタンプがひとつ。なんだスタンプか、と思いながら画面に親指を滑らせて、メッセージ履歴を遡る。あいつのメッセージには絵文字がない。なんなら文字数もすくない。『はい』とか『焼肉で』とか『いまおきました』とか。無駄に細切れで送ってきたりとか、スタ爆したりとか、しそうでいて、あいつはしない。けど、その日最初のやりとりでは初めに『おはようございます』とか『こんばんは』とか、律儀に挨拶を挿入する。
 あいつのそういう、「意外とちゃんとしてる」ところが、なんか、いいな、って思う。相変わらず先輩に向かってタメ口混じりだし、スタンプの趣味はちょっと変だけど。こういうのをギャップ萌え、っていうんだろうか。わからん。わからんけど、あいつ以外の誰かが、たとえば手描き風のへんなモンスターだとか、手足の生えたおにぎりだとかのスタンプを送ってきたとしても、おれはたぶん、こんなふうに、スタンプの趣味が変なやつだなあ、とか、覚えてたりしない、と、思う。わかんない、わかんないし、だからどうっていう話でもないんだけど。
「あっせんぱい!」
 顔を上げる。でかいのが走ってきて、おれの目の前で止まった。
「すみませんまじで、ごめん、せんぱい」
 息が弾んでて、こいつちゃんと急いできたんだなあ、って、ちょっとびっくりした。やっぱ、いいな。いいと思う。朝イチの『おはようございます』と同じくらい。だから、たまになら遅刻してきてもぜんぜん許せるな、とか、思ったりしてしまう。
「いいよ別に、そんな待ってないし。おまえ汗やばいね」
「いやほんと、今日暑すぎ……てかすずしいとこいてって言ったじゃんオレ。せんぱいちっちゃいんだからすぐ火通っちゃいますよ」
 結構な数の前言たちを撤回しようと思う。やっぱなってないなこいつ。


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