「ねえせんぱい、それいっこください」
 でかいからだがこっちに傾く。びく、って肩がはねてしまったのを自覚して、あっやべ、と思った。おれのナゲットに手を伸ばしたまま、図々しい後輩はぱちぱちとまばたきをした。かと思えば、今度はナゲットじゃなくておれの頭のあたりに手をかざすものだから、なんだこいつ、と思って、叩き落とす。
「えっ痛……なに?」
「なにはこっちの台詞だが。なんなん」
 ナゲットをつまんで差し出す。おれの手から直接食べる様子はもうほとんど大型犬と同じだった。指先にくちびるが触れそうで、でも触れなくて、こんなこと考えてる自分キモ、って思って、なんか萎えた。
「せんぱいさあ、オレが近づくとなんか飛び跳ねることあるじゃないですか」
「は? ないが」
 これは嘘。ある。
「いやあるんですよ。気づいてないの? ついさっきとか」
「………………で?」
「あれ、なんなのかなあと思って。オレのこと嫌いなわけでもないじゃん。二回目は避けなかったし。叩かれたけど」
「叩かれたのが答えだと思わないんか?」
「あれは、なんか違うじゃん、ほら、猫がじゃれるみたいなやつでしょ」
 こいつおれのこと猫だと思ってんの? 先輩のこと舐めすぎてる。でも否定ができない。嫌いじゃないので。
「でさあ、それで考えてみたんですけど」
「お前考えるとかできるんだ……」
「それは流石にばかにしてるでしょ。怒りますよ」
「お前っていつ考えんの?」
「え、頭洗ってるときとか、ティファールが沸くのまってるときとか」
「うーん隙間時間」
「ねえ茶化さないでくれます?」
 本気でむっとしてるときの、あとちょっとで拗ねます、っていう声だったので、大人しく聞くことにする。もうひとつ差し出したナゲットは光の速さで奪い去られた。
「で、なんでしたっけ」
「おれが避けるとか避けないとかの話」
「あ、そうそれ。なんでオレが急に近づくとびくってしたり、そのあとにしまった、みたいな顔すんのかな、と思って」
「考えてみたわけだ」
「そう。で、もしかして、あれせんぱいがオレのことめっちゃすきなのと関係ある?」
「ッ、ゲホッ」
 咽せた。
「うわせんぱい死にそう、うける」
 バシバシ背中を叩かれる。痛い、シンプルに。おまえ自分がどんだけバカ力なのかわかってないだろ、背骨折れたらどうしてくれんだ。死ぬまで覚えとけよおれの死顔。
「大丈夫?」
「おま、え、なに、すき、とか」
「いやせんぱいオレのことめっちゃすきじゃないですか」
 なに言ってんだこの人、みたいなきょとんとした目で見られて、もうやだなあ、って思う。もうやだ。かえりたい。バレてたわけね。なるほど。いますぐここからいなくなりたい。
 デリカシーとかないわけ?って言おうとして、でもなんか、負け惜しみみたいでめちゃくちゃかっこ悪くね?とも思って、結局口を閉じてしまった。完全敗北である。
「で、せんぱい、オレのこと、なんか、なんだろ、他の人のこと見るときとちがう感じで見てたりとか、一緒にいるときにそわそわしてたりとか、そういうの時々あるから、それってたぶんせんぱいがおれのことめっちゃすきだからなんだろうなって思ってたんですけど、もしかして、オレが近づいたときにびくってするのも同じなんかな、って気づいて。どう?」
 どう、じゃない。こんなんなんて答えたらいい? こんな拷問みたいなことあるか?
 こちとらいますぐに逃げたいという感情を殺すので手一杯なので頼むからこれ以上なにも言わないでほしい。でも沈黙になったらなったで空気に耐えかねて死にたくなると思う。もうだめだ。
「……それ、はいそうです、ってこたえたら、どうすんの。なんか意味あんの、おまえにとっても、おれにとっても」
「え、意味? 意味かあ……うーん、いや、意味は……特にないかな……」
「じゃあ答えたくない」
「や、でもせんぱいが即否定しないときは間違ってないときなので……うん、まあ、そうですね、答えなくても大丈夫です、わかりました」
「お前ほんと、本っ当にお前、お前……!」
 うん?みたいな顔で見下ろしてくるのが心底むかつくし、でもうわその顔かわいいなとも思って、もう、どうすんだこれ。この空気なに? これ何の時間? 泣きたくなってきた。
「やー、でもそっかあ。せんぱいオレのことすきだからあんな風になっちゃうのか」
「……なんか、わるかったな、おまえ普通に後輩として慕ってくれてんのに。でもそういうわけだから、もう別に飯とか誘わんし……はい、じゃあ、えーと、帰るわ。ご清聴ありがとうございました」
「え? いや帰しませんけど」
 こういうのはスピード感が大事。言って、立ち上がろうとして、腰を浮かせたところでガッて腕を掴まれて、いやもう勘弁してくれ、謝っただろ。てか腕痛いし。そんな怒るか? まあ悪いのはおれなんだけど、でもそれにしたって、そんな、怒る?
「せんぱいさあ、そのオレのことめちゃくちゃすきなの、どうやったの?」
「は?」
「なんか裏技とかあります? 教えてほしいんですけど」
「いやいやいや、は? 何?」
「まあとりあえず座って、落ち着いてもらって」
 宥められてるのがしぬほど気に入らないけど、とりあえず腰を下ろす。またなんか変なこと言い出したぞこいつ、と思って、でももうここまできたら腹括って付き合ってやろうと決めた。めっちゃかえりたいけど。
「せんぱいばっかオレのことすきなの、ずるいなあと思って」
「おればっかお前のことすきでずるいはこっちの台詞だが……?」
「あ、すきって認めましたね」
「帰るわ」
「だめだってば! まったく油断も隙もないなこのひとは……」
 それもこっちの台詞だよ。際限なく爆弾投げられまくって疲労と混乱が極限に達している先輩を労ってほしい。
「せんぱいはオレといるときに、なんか、なんだろ、様子がおかしくなるけど、オレはせんぱいといても全然なんもないから、なんか、それがむかつくなとおもって」
 それもう氷全部溶けてるだろ、っていうLサイズのコーラをストローで吸いつつ合間に吐き出された言葉を、うまく咀嚼できない。おれのウーロン茶はめっちゃ薄くなってた。
「……なんか、それ、さあ」
「うん」
「おれのこと、すきになりたい、って言ってるみたいに、きこえる」
 喉が震えた。これからかわれるやつだ、最悪だ、と思ってため息をついて、でも、そんなことはなかった。
「え? あー……そうですね、うん、それで合ってます、大丈夫」
「は?」
 明日買い物行こうって言ってたのって駅前のモールだっけ?とか、そういうちょっとした確認にするみたいな調子の返事がかえってきたから、たぶんこれおれ史上最大の困惑がこもっているであろうなっていう「は?」が出た。これが芝居だったらアカデミー賞狙えるレベルのやつ。
「せんぱいがオレのことすきなのと同じやつでオレがせんぱいのことすきになったら、オレはむかつかなくなるし、公平だし、せんぱいもうれしいでしょ、たぶん」
 だから教えてね、裏技とか、別に裏じゃない技でもいいんですけど、ってふにゃふにゃになったフライドポテトが差し出される。食べる。ふにゃふにゃ。冷めてる。なんだこれ。もうわからん。どうにでもなれと思って、先輩の指導は厳しいからな、とか言ってみる。すきになりたい、は、それもう結構すきなんじゃねえの、とは言えなかった。


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