「わあ、みてみてセナ。お祭りやってるよ」
 ふと足を止めると、五十鈴は半歩先から振り返る。その奥、車道を挟んで反対側、神社の境内に露店が並んでいる。浴衣姿の通行人がやたら多かったの、これか。
「ね、ちょっと覗いていかない?」僕かき氷食べたいな、って五十鈴は首を傾げる。もうわりと見慣れた仕草だけど、効果は相変わらずだった。特に断る理由もないし。
「いいけど」
 こたえれば、神秘的なまでに整った顔がこどもっぽい無邪気さをまとって綻ぶ。ほのかに青みがかった薄闇の中、目が眩みそうにおもう。
「ふふ、やった。じゃあ寄り道、ね」
 そっと背中に手を添えられて、直進から左方向へ、方向転換する。シャツの布地越しにやわらかな体温が染み込む。嫌になるくらい暑いのに、どうしてか不快感はなかった。
「お祭り、ひさしぶりだなあ」
 八月の宵、横断歩道の上。生ぬるい風に吹かれて、それでもこの男はどこか涼しげだった。浮世離れ、っていう言葉の擬人化みたいな存在だった。
「すきなんだけどね、雰囲気とか」
「一人だとあんま立ち寄らないよな。社会人にもなれば誘う機会も誘われる機会も減るし」
 喧騒が近づく。非日常の気配は、なぜだか五十鈴によく似合う。揃って鳥居をくぐる。
「ね。だからセナと今日一緒にいられてよかったなあ」
 五十鈴の声は雑踏の中でも特別クリアに聞こえる。だから耳が、頭が、拾ってしまった。なあそれって、「ちょうどいい連れができてよかった」っていってんの、それとも。不意の幸運を噛みしめるみたいな声。わかってる。わかってるけど、わかってるのも、言葉できかなきゃ信じきれないのも、そのくせきいてみるだけの度胸がないのも、ぜんぶどうしようもない大人ってかんじ。
「…………そう、だな」
 俺の声はきっと祭りの喧騒に紛れてしまった。それでもまるで聞こえてるみたいに五十鈴が俺をみるから、微笑みながら頷くから、証拠なんかなくたって確信していたくなる。
「なあ、五十鈴……あの、さ、」
 期待してもいいの、って、今度は間違いなく届くように。それでもすこし、震えたかもしれない。五十鈴が足を止める。色素の薄い瞳が俺をみつめる。心臓の奥が、あまく痺れていた。

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