三条大橋の東詰に、彼はいた。帰宅ラッシュの混雑はもうだいぶ落ち着いていたから、駅を出てすぐのところとはいっても、見つけるのにそう苦労はしなかった。
 終わりかけの河津桜を見上げる横顔は、今日も清潔にうつくしい。色素の薄い瞳が散った花びらを追って、その先で、俺をとらえる。
「……あ、セナ」
「ごめん、待たせた」
「ううん、まだ五分前だよ?」
 いこっか、って促されて、歩きだす。橋の上はすこしだけ風が強い。
「セナ、首回りすっごく寒そう」
「実際結構寒い」
「僕も今日はマフラー置いてきちゃったからなあ……あ、僕の陰に入ってなよ。風除けにしていいよ?」
「言うほど身長差ねえだろ」
「あは、それはまあ、そうね」
「……店、どこ行くか決めてんの?」
「うーん、なんとなくは。和洋中、どれがいい?」
「じゃあ、和」
「お魚とお肉ならどっち?」
「んん…………肉……?」
「ふむ……鴨、すき?」
「すき」
「じゃあ鴨鍋にしよっか」
「ふは、アキネイターみてえ」
「え、なあに? それ」
 くすくすと笑う五十鈴の声は、決して大きくもうるさくもないまま、人混みの中でもクリアに聞こえる。柔らかくて、心地良い、気が、する。
 橋を渡り切るのはほとんど一瞬だった。そもそもそう長い橋ではないので。西詰のスタバを横目に見て、そういえば新作気になってたんだよな、って思い出す。こういうのは大体飲まないで終わる。フラペチーノっていつ飲むものなんだ、あれ。
「先斗町、って初見で読めなくない?」
「わかる。どう考えてもせんとちょう」
「あはは、だよねえ?」
 五十鈴が選んだ店は、なかなか悪くなかった、というか、控えめに言ってもセンスが良かった。カジュアルだけど落ち着いていて品のある居酒屋、みたいなかんじ。なんとなく、らしいな、と思った。会うのもまだ二回目なのに、俺は一体、この男の何を知った気でいるんだろうな。
「……めちゃくちゃうまい」
「でしょう? すきなんだ。セナが気に入ってくれてうれしいな」
 山椒の効いた出汁は、びっくりするくらいに俺の舌に合った。ちょっと怖い。さすがに偶然だろうけど。なぜだか、この男になら何もかも見透かされていたってそう不思議じゃない、と思えてしまう。五十鈴の視線にはそういう力がある。
「……ふふ、なあに?」
「え?」
「ずーっと僕の顔見てるから。どうかした?」
 微笑んで、五十鈴は首を傾げる。白い頬がアルコールでほんのりとあかく染まっていることに気がついて、俺ははじめてこいつのことを、人間みたいだ、とおもう。なんだそれ。人間だろ。
「……や、なんでも」
「そう?」
 ん、と短く応えれば、五十鈴はそれ以上追及してはこなかった。こういうところはやっぱ、なんとなく人間っぽくない、気がする。割り切りが早いのか、そもそもそこまで興味がないのか、どっちにしろ。

「セナ、この後まだ時間ある?」
 不意にそうたずねられたのは、店を出たあと、ぽつぽつと言葉を交わしながら駅までの道を歩いている途中だった。予定はない。終電までの時間は大分ある。
「え……うん」
「おなか、まだ入る?」
 頷く。半歩先からこちらを振り返る五十鈴は軒先の提灯の灯りを背負って、あたりまえにうつくしくいた。
「スタバ、寄らない?」
「スタバ?」
「そう、デザート代わりに……というか、せっかくだからもうちょっと話してたいなあって思って。だめかな?」
 そう言いながら首を傾げる。癖なのかもしれない。あざといと思われそうな仕草が、あざとさを感じさせないままでやたら似合う。
「……い、いけど」
「ほんとう? ふふ、ありがとう」
 ありがとう、って五十鈴にいわれて、俺のなかの、食事では満たせないところがそっと満ちる。そう、俺はそういういきもので、おまえはそういういきものだった。それはいい。いまはどうでもいい。問題は、なんで五十鈴が、そんなうれしそうな顔してんのか、ってこと、だろ。周りから自分がどう見えるかっていうことを、こいつはもうすこし考えた方がいい。そうじやなきゃ、だって、こんなのはまるで、
「……なんか、すげえ俺といたいっぽい、じゃん」
「うん……? そうだよ?」
 当然みたいな調子でいう。俺の動揺とか、躊躇とか、そういうものたちを平気で粉々にする。ひとでなし。
「……あ、そ」
 それしかいえない。なにいったらいいのかわかんねえって。信じられないくらい綺麗な顔を、いまはもうみていられなくなって、俯く。なあ、それ、なんで、とか、きいてもいいの。

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