俺の父さんが再婚したのは、一ヶ月前のことだ。お互い子持ちでの結婚だったけれど、俺達も向こう側もそれに反対することはなく、順調に新たな家族関係を築き始めているのが現状だ。
最初は確かに不安だった。新しい家族と上手くやっていけるのか、それだけが俺の危惧することだった。けれど新しい母親や妹たちは俺の力を受け入れた。怖くないと、いや寧ろ興味を持って、心から俺に接してくれる。そんな優しさに、俺はひどく安心したものだった。
幽も新しくできた妹二人を気に入り、気に入られ、お互いに上手くやっているようだ。本当に良いことだと思う。

俺の新しい家族は、父と母、俺と弟と妹二人。
――だけではないということを知ったのは、一時間ほど前のことだった。

「イザ兄、いつになったら来るのかなあ」
「……遅……」
「いざにい?」

妹たちの口から零れた聞き慣れない単語に、俺は首を傾げた記憶がある。

「私たちのお兄ちゃん。いざやって言うんだよー」
「…変……名…」
「なんかこの家に来づらいみたいなの…」
「……別…住……」
「多分、シズ兄よりお兄ちゃんかな」

その時俺は初めて、自分に兄ができていたことを知った。

そうして今に至る。

電車やらバスやらを乗り継いで漸く着いた新宿。妹二人にひっぱられて来たマンションの最上階、角部屋――元は折原家族が暮らしていたという――に、『兄』は一人で住んでいるらしい。
扉のポストにはダイレクトメールひとつ詰め込まれていなくて、全く生活感を感じさせない。靴も何も置かれていない玄関を抜け、妹たちは奥部屋に向かう。廊下から僅かに見えたキッチンには、皿や箸に加え、鍋や包丁すら見当たらなかった。一体何を食べているのだろうか、いやまず、食事をきちんと摂っているのかでさえ怪しい。

「シズ兄、こっちー」

呼ばれるがままに部屋に踏み込んだ。
カーテンが締め切られ、電気も点いていない暗い部屋の中、スリープモードのまま点滅するノートパソコンを枕に、全身真っ黒な男が寝息をたてている。薄手の布団に包まったその姿は、まるで引きこもりだ。こいつ、生きてるのか?

「いざにーい!!」
「……兄…」

双子がその黒の塊に飛び付く。突然の衝撃に肩を揺らしてのそりと起き上がったそれは、まだ寝ぼけているようでぼんやりと二人の妹を見た。

「…九瑠璃……舞流か…」

姿を確認するや否や、奴は再びパソコンに突っ伏す。相当眠いのだろう。
ずるずると眠りに引き込まれていく兄をたたき起こそうと、妹たちは両サイドから兄の腕を取った。

「イザ兄!迎えに来たよ!」
「……帰……」
「迎え……やだよ、行かない…俺自活するって言ったろ……」

弱々しく頭を振る奴に痺れを切らし、俺は真っ黒男に近付いた。足音に気付いたらしい男が、ゆっくりと顔を上げる。
そして、固まった。

「………………誰?」
「あー……手前の、弟」
「……………………………」

紅い瞳が瞬きをする。一回、二回。
次の瞬間、奴の顔は暗がりでも分かる程に、真っ赤になった。

「……………やっ、」
「あ?」
「やだやだやだやだやだ絶対行かない帰って帰って帰ってえええええ!!」
「はあ!?」

いきなり叫び出した男は、ずり落ちていた布団を引っつかむと部屋の隅のベッドへと逃げる。訳が分からん。

「いーざーにーいー」
「行……荷…纏……」

素早く双子がベッドに乗り込み、兄の布団を引きはがすと、ひゃっ、と情けない声を出して、奴は身体を縮みこませた。女か。
三人は身を寄せ合って、何やらぼそぼそと話しだす。

「いい加減この部屋手放さないと駄目って、お母さん言ってたもん」
「やっ、家賃なら俺払えるし!いいから出てって!」
「…食……痩……」
「クル姉の言う通りだよ!ちゃんとご飯食べてないんでしょ?」
「うっ…で、でも、…」
「………惚…?」
「!!」
「あー、なるほどね。イザ兄、シズ兄に」
「違っ!!う!!から!」
「…赤…頬……照…」
「図星だねイザ兄」
「……ううー……」

すっかり黙り込んでしまった男は、さっきから顔が赤いままだ。熱でもあるのだろうか。

「おい、手前」
「っ!…なっ、なんです、か」
「体調悪いのか?顔、赤えぞ」
「へ!?あ、いや、だだだ大丈夫です平気です余裕です」

布団を双子から必死に引きながら、男はぶんぶんと首を振る。いや、そんなに否定されても、逆に怪しいだけだろうが。どういう訳が俺から距離を取ろうとするこいつに、苛立ちが着々と溜まっていく。

「平気な訳ねーだろ、とりあえず向こうの家帰れ」
「……」

男は赤い顔のままそっぽを向き、黙り込んだままだ。中々立ち上がろうとしないので手を伸ばすが、奴はこちらを一瞥すると布団を握り直し、またしてもどこか他方を見て視線を泳がせる。
ああ、もう。いい加減にしろよ手前…!!

「…行くぞ」
「あ、うぁっ、ちょっ」

再び包まろうとする布団を剥ぎ取り、空いた脇と立てていた膝の裏に手を差し込んだ。そのまま抱き上げ、玄関に向かう。

「な、何っ、を」
「静雄」
「は?」
「俺の名前」

にしても軽い。つーか細い。こいつ飯食ってたのか?いよいよ怪しいところだ。訝しく思いながら靴を履き、背後を振り返る。

「九瑠璃、舞流」
「荷物でしょ?後で纏めて持ってくから問題ないよ!」
「…兄……任……」
「頼んだぞ」
「おい、お前ら!」
「じゃーねイザ兄ー」
「……再…」

力強く頷く双子に全ては任せることにして、俺は奴を抱き直して扉の外に出た。西日が当たる廊下が眩しくて、思わず目を細める。すると逆光の中、男は反抗だとばかりに俺の胸を叩いた。

「え、ちょっと待っ、もしかしてこのまま?」
「うっせえ黙れ」
「靴くらい履かせてくれたって…!!」
「逃げるだろ手前」
「う……」

言葉を失くした男は下を向いた。赤の目と頬が伏せられる。何故だかそれを勿体ないと思った。
エレベーターを待とうと扉の前に立つ。が、両手が塞がっていてボタンが押せない。階段に移動するべきか、と方向転換の為後ろを向こうとした、その時。
黒の服から細っこい手が伸びて、下ボタンを押した。

「い、…いざや」
「……」
「臨海のりんに、漢文のなりで、……臨也」

『臨也』は俺の服を力無く掴むと、視線だけを上げ、こちらを伺い見た。顔の赤さはそのままに、瞳はどこか潤ませて。
……あ、なんだ、これ。

「……そうか」
「ん……」

とりあえずこれは心を開かれたということで良いのだろうか?激しい鼓動を訴える心臓には気付かないふりをして、俺は帰りの道順を思い出すことに全神経を集中させることにした。


幸せ家族計画
(…臨兄…って呼べば良いのか…?)(静雄、とか。む、無理、シズくんとかシズちゃんとかじゃ駄目かな…)

----------

誕生日的に臨也さんがお兄ちゃんなんですね。おうふ…なんだか新鮮…
素敵設定あまり活かせずすみません!でもめちゃくちゃ楽しかったです!年齢操作とかもしてみたかったやも…

匿名さまリクエストありがとうございました!




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -