※臨也さん歪みなく頭わるい
これのつづき
※静雄さん視点



「シズちゃああああああああ」

轟く声。ぞくりと背中が総毛立つ。さっきから嫌という程感じていた悪寒の正体、というか、間違いなく、あいつの声、が、近づいて、くる。…来る?

「ああああああああああああ」

視界の端に、黒いコート。奴だ。叫びながらこちらへと走ってくる。通行人たちは驚いて道を開けた。それをさも当然だとでも言うようにあいつは駆け抜け、そして、

「ああああああああん!!!」

声が途切れるのと同時に、何か勢い良く背中にぶつかるものがある。腰に回るのは見知らぬ、いや、知っているけれど認めたくない、誰かの腕。
……。
いや。ちょっと。待て。
ぎぎぎ、と軋むような音を立てながら俺は振り向いた。

「シズちゃん!!」

やはりというかなんというか、その正体は、思った通りノミ蟲で。

「何であんなに可愛いの君は!田中トムに撫でられたから!?夕飯食べようって言われたから!?ていうか!最初のフェロモンどこ行ったの途中からマイナスイオンになってたよねいや別に悪くないけどさ寧ろご馳走様だけど!!でもあの笑顔は!狡いよ!!不意打ちいくない!それも俺のいないときなんてもっといくない!!」

早口にそうまくし立てる。ああ、うぜえ。うぜえうぜえうぜえ!!

「っ手前、ノミ蟲!!離れろ!!」
「やだやだやだ俺もシズちゃんとスキンシップ取る充電する!!」

身を攀って逃れようとしても、ノミ蟲の力は案外強い。しかも逃げるどころかよりがっちりと俺の腰を掴んでくるものだから、だああ離れろ、鳥肌っ!!が!!

「静雄…?」

はっ、と視線を上げればそこにはトムさんが冷や汗を垂らしながらこちらを見る姿があった。そうだ、トムさん。トムさんなら何とかしてくれるかもしれない。

「と、トムさん、たすけっ」
「シズちゃんの浮気者おお!!」

助けを乞おうとトムさんを見るも、臨也が視界の端で俺の腰を締め付ける。何が浮気者だ、くそ、邪魔だ退け!いい加減本気で振り払おうと俺はノミ蟲の腕に手をかけた。
しかし奴は、反対側の手を離し、その掌を自身の懐に滑り込ませる。

「田中トムだけじゃなくて俺も見てよ」

そう呟くと、そのままノミ蟲は、取り出した何かを俺の腰に突き立て――

――と同時にそれは、ぼきり、という音と共に折れた。

「……」
「……」

ノミ蟲は紅い目をこれでもかというくらい見開いて、折れてしまった掌の何かを凝視している。その手はぶるぶると震え、苦痛か何物かに耐えているようだ。
怒りとか驚きとかがごちゃごちゃに入り交じった顔をして、ノミ蟲は、不気味なくらいに黙り込んでしまう。

異様な雰囲気に気圧され、文句を言おうとした俺は、何もできず固まるしかなかった。

「…………」
「……お、おい、ノミ蟲…?」
「…そうだ……いくら薬が万能でも針が特別じゃなきゃ意味ないじゃないか…俺としたことが失念していたっていうかまずなんで刺さんないのしかもあいつもなんで注射器はそのままにしたの俺とシズちゃんのらぶらぶらんでぶーはどこいったのあああああああああもうやだ…絶望した…」

静かになったと思っていたノミ蟲は、次の瞬間またしてもぶつぶつとうざってえ話を再開した。しかし、その様子は普段にないくらいに、なんつーか…弱々しくて、俺はやはり殴りつける気を削がれてしまう。
俺の腰に回したままの片腕は力無く添えられただけになり、俺はいよいよ不安を覚えた。

「い、臨也?大丈夫か?」

取り敢えずこの膠着状態をどうにかしようと思い立ち、俺はノミ蟲の頭を撫でる。昔幽が沈んでた時によくやったから。
あ、あと、トムさんも、よくやってくれるし。

「!?」

しかしノミ蟲はその瞬間、勢い良く飛びずさった。

「おっ、おい手前、」
「……?っ、っ、!?、っ???」

臨也は混乱しているようだった。両手で頭――俺が触れた場所を押さえ、真っ赤に染まった顔で瞬きを繰り返している。
行き場をなくした俺の手は宙を彷徨った。取り敢えずノミ蟲を捕まえようと、そのまま伸ばしてみるが、しかし奴はじりじりと後ずさる。距離は変わらない。

「いっ、今、臨也って、あたっ頭、シズ、撫でっ、大丈、夫、って」

いよいよ呂律が回らなくなってしまったらしい。整理されていない単語達が、ぼろぼろとノミ蟲の口から溢れてくる。これは…本気でまずいんじゃないか?

「いざや?」

体調でも悪いのか?と首を傾げて尋ねれば、ノミ蟲はこれ以上ないぐらいに赤くなった。ぱくぱくと口を開閉させながら、先程から握っていた何かを地面に落とす。かん。軽い音に気を取られて、次に目をノミ蟲に向けたときには、奴は遠くへと走り去っていた。

「シズちゃんの馬鹿あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「あぁ!?」

来たときと同じく大声を上げながら、ノミ蟲は人混みを掻き分け遠ざかっていく。いつもならここで街灯やポストで道を塞ぐなり何なりでダメージを与えてやるんだが、あのノミ蟲にはなんだかそういう気になれない。始めに感じた怒りやら悪寒やらのやり場もないのだ。興ざめだ。
本当に、どうしちまったんだ。あいつも、俺も。

俺達から少し離れた所で呆然としていたトムさんが、不意にしゃがみ込んだ。

「あっ、すみませんトムさん!俺…!」

トムさんには本当に悪いことをしてしまった。慌てて駆け寄れば、トムさんは怪訝そうな顔で何かを見詰めている。
拾い上げたのはさっきノミ蟲が落としていった何かだ。摘まれたそれは何か液体の入った容器のようだった。僅かにヒビが入っているのは、落ちた衝撃からだろうか。

「あー、うん。そうだな、静雄、お前……誰か医者の知り合いいたか?」

ハンカチを取り出したトムさんはその容器を包むと、苦笑しながら俺に差し出す。俺はそれを受け取った。たぷん、小さく液体の揺れる音がする。

「あ、はい…」
「じゃあそれ、そいつに見てもらって来た方が良いな」
「これ何なんすか?」
「え?あー…俺には分かんねえけど」
「はあ……」

疑問に思いながらも俺がハンカチごとその何かを懐にしまい込むと、トムさんはまた俺の頭を撫でてくれた。髪が多少乱れてしまうとか、そんなことはどうでもいいんだ。
トムさんの手は大きくて温かくて、気持ち良い。中学の頃から大分経って、今では俺の方が背が高いのに、昔と変わらず俺に接してくれる。そんなトムさんは本当に優しいし、格好良いと思う。…ただちょっと、いつまでも子供扱いされてるみたいだけど。

割れ物だかんな、気いつけろよ。その言葉を背中に、俺は少しの違和感を感じつつ、新羅の家に向かったのだった。


どうしてこうなった!
(あ、トムさんとのご飯…!!)(静雄も厄介な奴に好かれちまったもんだな…)

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とむさんはなんでもしってるすてきなおとななんだよ。

結局新羅経由で全部バレて追いかけ回される臨也さんでしたー




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