「ああ、俺。舌が長くて良かった」
「え?」

短いキスの後にぽつりと言うと、赤い眼は吐息と共に相槌を返す。潤んだ目がひどく艶やかだと思った。

「だって、なぁ?」
「なぁ、って…何が。気持ち悪いよシズちゃん」
「ん、だって」

百聞は一見になんとやらだ。よくしらん、新羅に聞け。俺は臨也の口を塞いだ。

「ぁ…ふ、」

歯列をさらい、上唇を舐めあげる。奥で縮こまる臨也の舌は、軽く突くと、恐る恐る伸ばされた。
すかさず俺はそれを掬って、自分のものと絡めた。そのまま柔らかく食めば、ひくりと肩が揺れる。拙い動きで、それでも懸命に俺に応える姿は、愛らしくもいやらしい。
口内を充分に堪能した後、唇を離した。俺達を繋いでいた銀糸が、ぷつりと切れて、彼の口の端に伝う。

「こうやって、臨也と『えっちぃこと』出来るし」

ちゅ、と小さく啄むと、甘い声が漏れた。

「…ん、ぁ…」

涙を溜めた眼の上に、キスを落とす。くすぐったいらしい、一度身をよじった臨也は、睨みつける風に俺を見上げた。

「マイル仕込み? さ、いっ…て…」

赤くなった顔で凄まれても、怖さも何もない。
そんな意味合いも込めて、俺は臨也の首筋を舌で辿る。途端に跳ねる身体が愛おしい。

「っひ、ぅ!」
「それに、」

唇を鎖骨から離し、臨也と向き合う。驚いたような、物足りないような顔をして、臨也は瞬きをひとつ。零れた粒が円やかな頬を滑った。
その瞳が俺を捉えたのを確認すると、俺は自分の舌を出す。そして、きょとんとしている臨也の前で、俺は、
ぎ、り。
己の舌を、噛んだ。

「…っあ、しず、!?」

一拍遅れて臨也が俺に掴み掛かった。俺の上下の歯の間に白い指を差し込んで、そのまま必死の形相でこじ開ける。

「な、っに、してるんだよ…っ!!」
「んぐ、…あ、かはっ、ぁ」

俺が流石に咳込むのも構わず、胸倉を締め上げる臨也。相当びっくりしたんだろうか、と何処か冷めた頭で考えた。

「…何って、見て解らねえのか?」

目の前の奴に、告げる。

「自殺の真似だよ」
「……真、似」

間を置いて反芻された。またひとつ呆れられたのか。内心ひやりとしながら俺は言葉を繋げる。

「ああ、こんなのも簡単に出来んだよな。俺、どんなに死にたくても、死ねないから」
「……」

臨也は、呆けたように俺を凝視して動かない。なんだこいつ? いつもの饒舌はどうしたんだ。俺はため息をついてから続きを語らう。

「今はお前が止めちまったけど、ほんとは俺、いつもこの後舌噛み切るんだよな。それで、その切ったやつ喉に一生懸命詰まらせて、息を止めて。まあ大体すぐに治ったりとかするんだが。そうするとな、なんか、苦しいんだよ。もがきたくなる。……そういう時に、俺、生きてるんだって実感するんだ。この身体は酸素を欲しがってる。生きようとしてるんだって。こんなことでしか、自分が生きてるって分かんねぇんだよ。俺は死んでない、死人じゃない、生きて…ああ、違う、生かされてるんだって。ちゃんと俺は、この世界に生かされてる――化け物なんだって、」

ぱん。

渇いた音が俺の左頬からした。熱い、だが痛みはない。
けれども俺は固まった。
…今の、臨也が、やった、のか?

「……さい」
「え?」

さっきまで臨也の代わりのように忙しく動いていた口は何処へ行ったのだろう。俺は一気に口ごもる。

「な…んだ? いざ、」
「うるさい。やめろ」

冷たい目が俺を射抜いた。

「止めろ」

もう一度、繰り返される。
止めろ? 何、を、
一粒の涙が、臨也の眼からほろりと零れる。俺はぎょっとした。赤い目が塩水に溺れる様を、ただ見つめることしかできなかった。

「嫌だ。いや」
「や、なんだ」
「俺が言うのもおかしいかもしれないけど」
「…簡単に、死ぬなんて言うなよ」
「死なないで」
「君だけは、そんなこと、言わないで」
「あと真似ごともしないで、これから先。絶対…」

訳が解らない。臨也はどうしてこんなに焦っているんだろう。辛そうで、苦しそうで、こんなにも、…こんなにも、泣きそうな顔を、

「生きろ」

して、いるん、だ。

「君は…生かされてるんじゃ、ないんだよ」
「生きてるんだ」
「生きることができてるんだ」
「生きる理由が欲しいなら、幾らでも俺に聞け」
「俺を利用すればいい、言い訳にすれば、」
「シズちゃんを殺していいのは、俺だけなんだ」
「そうだろ?」

俯きがちだった顔が上がる。
目が、合った。

「…俺は、シズちゃんが嫌いで嫌いで嫌いで、でも、すきなんだよ」

視界が歪む。滲む。
あ、れ。くそ、涙なんて。俺が? この、化け物が。
気が付けば、俺は。臨也を抱きしめていた。

「……悪ぃ」
「…分かれば、良い」
「臨也、…っああ…畜生……!!」

抱き着くと言うよりも、これは、縋る、だ。
依存。互いに求め合って、必要として。それだけ相手が大切で、離したくないのだ、俺達は。

「しずちゃ、ん」
「…なんだ」
世界よりも、生死よりも、命よりも。

手前が大事でたまらない。
好きなんだ。

「…生まれて来てくれて、ありがとうね」

ざけんな、俺にも言わせろ。


最上級の愛を、君に
(なんて殺し文句なのかしら!)

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瑛人さん誕生日おめでとうございます!




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