二月十四日。午前二時。言わずもがな本日は、荒ぶる乙女達の祭典、バレンタインデーである――しかし。

「……どうしよう」

俺は板チョコの山を目の前に腕を組んでいた。
端的に言わせて貰えば、俺はまだ、シズちゃんにあげるチョコレートを作っていないのだ。

別にあげると約束している訳でも、催促をされた覚えもないし、実際、こんな時間になるまで俺自体このイベントを忘れていた。だから別に、わざわざ作って渡すまでのことはないと思うんだけど。

「でもシズちゃん、甘いの、好きだし」

結局は言い訳がましく、深夜のコンビニで明治だか森永だかの板チョコを買いあさり、ネットでお菓子のレシピを調べている自分がいる。
我ながら馬鹿だなあ。



取り敢えず、無難にトリュフなるものを作ることにした。レシピの見よう見真似でチョコレートを湯煎にかけてみる。グーグル先生はやっぱり偉大だ。
チョコの塊をばきばき小さく割って、ボウルに入れて、箆で掻き回す。単調な作業の繰り返し、なのに、異様に腕が疲れた。もしかしたら混ぜすぎなのかもしれない。……それだけ、気合いが入ってるってことなのだろうか。
ぐずぐずに形をなくし、液状に蕩けていくチョコが増える度に、部屋には甘ったるい香りが充満していく。鼻に入り込む甘味がなんだかうっとうしくて、それだけで胃がむかむかした。シズちゃんってばよくこんなの食べられるよね。俺、無理。ちょう無理。
溶けたチョコに生クリームを混ぜて、ちょっと冷やす。次の手順にはまだゆるいそれを丸くしろって書いてあって、でもどうしていいか分からない。取り敢えず目についたサランラップにチョコを落として、てるてる坊主みたく巻いてみることで妥協した。チョコの量を統一しなかったせいで、大小様々な坊主さんができてしまった。流石におにぎり台の大きさのやつはやりすぎたと思う。これは自分で食べよう。
無駄にたくさんできあがったトリュフチョコ(の元)を冷蔵庫に押し込んで、一息。

「乙女のみなさんは大変ですねえ」

本命に義理に友達用に、もしかしたら自分用なんかも作るんだろ?女の子って案外パワフルなんだね。俺もう一人(二人?)分でバテてるよ。あー、しんど。
冷えて固まったら、あとは適当にココアパウダーやらナッツやらを塗して完成、らしい。簡単だけど意外に体力のいる作業だった。これで終わり、と思うとどっと疲れが湧いてきて、俺は冷蔵庫を背にずるずる座り込む。瞼が重くて今にもオチてしまいそうだ。時計を見ればもう四時半。ああ、どーりで、ねむいはずだ――……



むかむかするくらい甘い匂いがして目が覚めた。毛布が暑苦しい、でも空気は寒い。毛布から頭だけ出して周囲を見回せば、調理台ではシズちゃんがチョコレートをもぐもぐしている。はあ、朝からよくあんなもん食べられるよな……、……。

ばふっと毛布を払いのける。

「シズちゃん!?」
「おお、おはよう臨也。邪魔してっぞ」
「おは……そうじゃなくて!!毛布、なんっ、何でここ、えっ、そのチョコ、えっ!!?」

突っ込み所が多過ぎてどっから対処していいのか分からない。いや待てまずなぜここにいるんだお前は!
シズちゃんは俺の前にしゃがみ込む。

「手前にチョコレートねだりに来た」

口の端に付いたチョコを舐めとって、ふんにゃり笑うシズちゃん。赤い舌べらがなんとなくえろっちいんだけど、その頬はゆるゆるに緩みきっていて、どうにもミスマッチだ。

「手前のことだから、正直バレンタインなんて興味ねえし忘れてると思ってた」

固めただけで何も塗してないしまだ一つだって完成していないのに、彼はてるてる坊主の中からあの一番大きい、おにぎりみたいなヤツをサランラップから丁寧に外して食べていた。よりにもよってなんでそれを…!

「でもわざわざ作ってるなんてな」
「わあああああ!!!!!」
「美味えぜ?」

張り切って作ってしまった自分が今更恥ずかしい。そう言えば調理器具も出しっぱなしだったし、パウダーもナッツも買い忘れてたし、うわもう、全体的に失敗した。もっとさらっとチョコレート渡して、スタイリッシュに三倍返しさせるはずだったのに。
ぐるぐる考え込む俺を見て、シズちゃんは俺の頬にキスをした。相変わらず空気は寒いのに、顔は燃えるみたく熱くなってしまって、余計に恥ずかしくなる。

「ありがとな、臨也」
「………別に」

言葉の合間合間にシズちゃんは俺のおでこやら鼻の頭やらにキスを繰り返す。唇が触れたところからあったかくなって、そこからふわりと甘い匂いが漂ってくるような気がした。チョコとはちょっと違う、優しい匂い。ああこれがコイツの匂いなんだなって、すんなり安心してしまう自分が馬鹿みたいだ。
そういうのを言葉にするのもまどろっこしくって、俺はシズちゃんの首に両手を伸ばす。するとシズちゃんはすぐに俺を抱きしめ返して、背中を摩ってくれた。気持ち悪いくらいにロマンチックなやりとり。こんなの、なんかやだな、乙女顔負けじゃん。

「ホワイトデー、期待してろよ」

そう囁かれると同時に今までで一番優しいキスが唇に降りてきて、俺は今度こそ目眩を起こす。シズちゃんからのキスは、思ってた通りチョコレートの味がした。



僕の幸福論




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