触れたい。

池袋中を追いかけ回して、それでも詰まらない俺とアイツとの距離。もどかしいばかりの距離。しかしそれを作り出しているのは紛れも無く俺自身なのだった。自惚れではない、本気を出せばアイツの一人や二人なんかいくらでも捕まえられる。ただ、ひょいひょい動き回るその黒を見るのが、割合好きだから逃がしてやっているだけで。言うなればこれは放し飼いのようなものだ。

触りたい。

アイツを縛り付けるのは簡単だ。その辺のものを全部投げ付けて、ちょっと速度を上げて追い付いてしまえば、すぐに捕らえることはできる。体力が尽きるのを待って、じわじわと追い詰めるのは、俺の性格からして得意じゃない。まあやろうと思えば、それもできるんだろうけれど。

撫でたい。

アイツはきっと今世紀最大の鈍感なんだと思う。だって俺がこんなにも力を抜いて追いかけてやっているというのに、本人はそれを自分が逃げ切っているだけなのだと信じて疑わないのだから。ある意味幸せな頭を持っているらしい。大体、普通の人間よりちょっとばかり身体能力が高いからって、俺みてえな根っからの化け物に敵う筈、到底ある訳ねえのに。

抱き締めたい。

新羅は言っていた。アイツの肉体はもうぼろぼろなんだと。俺から逃げ切る為に必死に身につけたらしいパルクールだかなんだかは、大分常軌を逸したもので、医者の視点からすれば正直、いつ身体を壊してしまってもおかしくないようなレベルにあるのだと。だからちょっとは手加減してやってよ、俺の所に運ばれるのなんてまっぴら御免だからね!と新羅は笑った。ここで追いかけるなとか、アイツが可哀相だとかって言わねえところが、いかにもあの闇医者らしい。腐れ縁のよしみでそう軽口を叩かれたのは、つい先月のことだった。

キスしたい。

ここ一ヶ月、俺の池袋にはアイツの気配がある。そう遠くない場所で、あの臭いが蠢いているのを感じる。見付けて追いかけて捕らえてしまいたい、そんな本能に沿った欲望を押さえ込み、俺は今日も煙草を噛んだ。だって仕方ない、本当にそうしてしまったら、あの黒はきっとばらばらに砕けて、二度と見られなくなってしまうんだろうから。ぎり、と煙草を噛み締める。一緒に咥内も噛んでしまったらしい、舌の上に血の味が広がった。

愛したい。

「シズちゃん」

突然の声に後ろを振り向けば、そこには翻る黒があった。俯いていて表情は見えない、けれど、俺を呼んだその声はどこか濡れているような気がする。

「……どうして、」

真っ直ぐに俺に向かって飛ばされた疑問、それは簡単に俺の耳に突き刺さり嫌な音を立てた。違う。こんな音になったのは、こんな声を出したのは、こんな涙を流したのは、一体誰のせいだ!

「どうして…!」

おいかけてくれないの。迷子の子供のような言葉のかたちに、アイツの唇は動く。ぼろりと一粒、塩水が落ちて消えるのを見届けた。仕方ない。まだ火を付けたばっかりだった煙草を吐き捨て、俺はこちらを睨み付けているだろうアイツに向かって走り出す。もう我慢はできない。手加減だってしない。だって全力で捕まえて、二度と離してなんかやらないって決めてしまったから。

愛されたい。

ずっと思っていた、アイツは俺が逃がしてやっているんだって。でも違かった。アイツはいつだって無理をして、ばらばらになりかけてまで、俺に追い付こうとしていたんだ。逃げていたのは俺。逃げ切れなかったのも俺。ただ俺達の願いはひとつ、互いに愛されたがってただけのイタチごっこだったのだろう。



二人だけの楽園にようこそ

----------

あいこさまのリクエストでせつないしずいざでした!せつな…い……ん…?
すれ違ってうだうだしてる二人が描きたかったんですがこれは酷い…
リテイクいつでも受付中です!リクエストありがとうございました!




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -