これのつづき



『という訳で、ナンパに行きましょう!』

街のど真ん中、それも俺の頭上で、体全体からハートを飛ばすように、彼女はそう宣言しやがりました。あー、こいつの声周りに聞こえてなくて本当に良かった。
墓穴を大型ショベルカーで掘りあげてしまった俺は、あの後麗子さんにせき立てられながら朝食をとり、制服に着替えて家を立った。
そして、道に出た直後に気付く。

「あれ、昴は?」
『昴くんならお家で寝てるわよーう』
「なっ!?」
『だって今日祝日じゃない。学校お休みよ?』
「嘘、じゃあ、なんで今朝、」
『だあってえ、こうでも言わなきゃゆーたん起きなかったでしょー』

見事に嵌められた。これは同時に、俺の弱みもばれていたということになる。

『伊達にゆーたんのお姉様やってる訳じゃないのよ』
「一度も直接接触無かったけどな」
『仕方ないじゃないゆーたんのばか!』
「へいへい」

視界の隅で一時間弱もふよふよされれば、嫌でも付き合い方は分かってくる。麗子さんは、自分が幽霊だということにコンプレックスを持っている訳では無いようだから、こんな話も気楽にすることができた。
さて、折角の休日で早起きという失態を犯してしまった俺だが、家にいたところで大してすることはない(え、宿題?……まあその話はまた後でも良いじゃないか)ので、目の前で延々と彼女をつくれと唱える姉もどきの活動計画に賛同することにした。つまり、生まれて初めてのナンパだ。もっとも、俺は適当に麗子さんに付き合って、満足したらとっとと成仏してもらうつもりだ。街中で、祝日なのに制服を着、独り言をぶつぶつ言い続けるナンパ男子学生として注目されるなんて、俺は御免だ。
ところで、さっきから気になっていることが一つあるんだが。

「……なあ、麗子さん」
『なーにゆーたん?』
「その、ゆーたんって……俺のことか?」
『そうだよ?あれ?あたしなんか間違ってた……?』
「間違うも何もそれって。たんって。無いですよ。恥ずかしいですよ」
『ええー、そうかなあ?良いじゃない可愛いし』
「男子に可愛いってそれ褒めてるのか?……じゃなくて!俺は優太だ、なんだゆーたんって!」
『ゆーたんはゆーたんよ!』

気を抜いたら頭を殴られる。それの繰り返しだ。なんて理不尽な暴力なんだ!
とかなんとか、することも無しに街をぶらつくこと、僅か五分。

『そいえば、ゆーたんの好きなタイプってどんな感じなの?』
「あー……二十過ぎくらいの……童顔っていうか、可愛い系の年上とか……」
『……そりゃ日常生活では中々出会わないわよね』
「だろ?学生やってるからさ、周りはタメとかばっか、り、で――……」
『ゆーたん?どしたの?』
「……いた」
『え』
「めちゃくちゃ……タイプのお姉さん……」

何の運命の悪戯か。俺は、俺の好みドストライクの女の人を見つけてしまったのである。
二十歳くらいの、童顔の女の人。その人が、がっくりと肩を落としながら、すぐそこの駅から出てきたのだ。まだ初々しいスーツに身を包み、肩までの髪をウェーブで揺らしている。
やべえ。可愛い。

『……ゆーたん?ゆーたあぁん』
「はっ!」

麗子さんの声で俺は現実に引き戻される。いや、非現実的な幽霊から呼ばれてるんだからそうでもないか。

「なんでございましょう麗子様」
『なにそれきもい』
「だってあの人!あの人!超可愛い……!」
『あーはいはいゆーたん落ち着いて、帰ってきて。で、あの人で良いのね?彼女さん候補は』
「あの人が良いです」
『よし、役者は揃ったわね。あとはきっかけだけど……』

俺達二人が揃って例の女性を見た、その時。
――かしゃん

「『えっ』」

あ、ちょ、お姉さん、鍵が!鍵が落ちましたよ!
しかし彼女はそのことに気付かず、とぼとぼと歩き去っていく。慌てて俺は鍵を拾った。ご丁寧にも、ついているキーホルダーには「朝野」と書いてある。慌てて辺りを見渡す。朝野さん(仮)は、どこに行ったんだ。 

『ゆーたん、あそこ!』

一際高く飛び上がって朝野さん(仮)を探していた麗子さんが叫ぶ。指差す方向を見れば、横断歩道の向こうに彼女はいた。

「あっ、待って……」

俺が彼女に呼び掛けようとしても、その度にクラクションや喧騒に掻き消される。まどろっこしい!
仕方なく俺は朝野さん(仮)を追いかけることにした。



途中、何度も彼女を見失いながらも追いかけることが出来たのは、麗子さんのおかげだろう。俺が迷うたびに、麗子さんは自身の飛行能力を駆使して朝野さん(仮)を見つけ、ガイドしてくれる。一瞬それが羨ましいと思ったが、死ぬことと引き換えに手に入れる力だと思い出すとそれを諦めた。
彼女は細身だが体力はあるらしく、黙々と歩き続けていた。その小さな体のどこからそんな馬力が出ているのかと、思わず首を捻ってしまうほど、彼女の歩みは速い。一度競歩の選手を目指してみたら良いんじゃないだろうか。俺は人波にもみくちゃにされながらも朝野さん(仮)を追いかけ、そして、やっとの思いで追いつくことが出来たのだが――何とも間の悪いことに、そこは。

「……自宅、かよ……」

マンションだ。いや、アパートと言った方が正しいかもしれない。それも、何と言うか……古きよき時代、みたいな感じのやつ。とにかく、俺はとうとう朝野さん(仮)の自宅までついて来てしまったのだ。彼女は錆び付き始めている階段を上り、二階の奥部屋の前で立ち止まった。

『ゆーたん!鍵渡さなきゃ!』
「えっ、あっ、でも、心の準備が」
『準備なんかしてる暇ないわ、大体あんた、このままじゃ只の泥棒かストーカーよ!』

それもそうだと思い直し、麗子さんに背中をぐいぐいと押されて、俺も階段を上り始める。おお、なんか緊張してきた。

「……?……。……!」

二階の通路に上がれば、朝野さん(仮)が困惑しながら鞄をごそごそしているのが見える。声は聞こえないが、どうやら鍵が無いことに気が付いたのだろう。そして、あからさまに落ち込んで溜息をした。ああ、折角の美人が台無しですよ!

『……我が弟ながら寒いわよ、それ』
「思考を読むな」

周りに響かない程度に麗子さんに言い返す。が、チキンハートな俺は、朝野さん(仮)に話しかけられない。
だって考えてもみろよ。普通、物拾ったら持ち主に渡すなり交番に届けるなりするだろ。それが結果的には、自宅前まで何も言わずに押しかけてきてしまっている。
これでもし、今俺がいきなり話しかけかつ鍵を出したりなんぞしたら、家まで後をつけてきた変態だと思われたりしないのか?気持ち悪がられたりしないのか?それこそ、立つべきだったフラグをへし折って回るという、最悪のパターンになってしまうじゃないか!
……とかなんとか逡巡すること十秒足らず。けれど、可愛らしい容姿に相反して短気な麗子さんは、ぐずついている俺に痺れを切らしたらしい、ついに俺の耳元で叫んだ。

『優太!!』
「わ、分かってるよ!」

俺は今世紀最大であろう勇気を出して、それでも努めてさりげなく、彼女に話しかけた。

「……あの、これ」



その後、俺がどうしたか、朝野さん(仮)はどんな反応をしたか、それ以前に朝野さん(仮)の本当の名前は何だったのか、そして麗子さんは今になってどうして出てきたのか――それらに関しては、ここでは語らないでおこ……、……。
……いや、一つだけ文句を言わせてもらおうか。

姉貴!あんた、俺に彼女が出来たら成仏するんじゃなかったのか!



太くんと子さん

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という訳で無駄に続いた一品でした
後々書き直してみたいです。しずいざとかに




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