貴方の髪は、夜のいろ。

淡い墨を流したように揺れる黒い生糸、それは毎朝私の掌からするりと零れ落ちてゆきます。障子を開けると温かく吹き込んでくる朝の風に、貴方の生糸はさらさらと靡くのです。暗くて深い、寂しげな色をしたそれは、いつまで見つめていても飽きることはありません。蜘蛛の糸に掛かってしまった揚羽蝶の如く、視線そのものを絡めとられてしまいます。すり抜けることはできない、けれど、どこか切なくなるような拘束です。瞼より少し低い位置で切りそろえられた前髪。思わず手を伸ばしても、そこはやはり常闇、なかなか触れることはできません。私より頭一つ分だけ高い場所で、静かに煌めいているだけなのです。そう、それはまるで、夜空に瞬く数多の星々、雲の無い、澄んだ空 のもの。私よりも少し前を歩く艶やかな生糸には、狂おしいほど魅せられてしまいます。


貴方の肌は、雪のいろ。

初雪。あまりにも清らかな光を放ち、触れることさえも躊躇われるその肌は、降り積もったばかりの雪の冷たさを感じさせます。吸いつくような、しっとりとした感触の際立つ皮膚。頭から爪先まで、彼はその白さに包まれています。掌に乗せるとすぐに溶けてしまう、呆気ない姿も、私につれない貴方と重なって。すぐそこに在る筈なのに、どうしても掴めないという、何とももどかしい心持、それが、貴方を追いかけている私に見えて、なんとも滑稽で仕方がないのです。無機質の、他の何物も寄せ付けない純白、その強い立ち様は、凍てつく冬の寒さにも似ています。凛と張り詰めた明け方の空気。辺り一面に漂うそれが貴方を残しているのならば、私は胸いっぱいに吸い込みたいのです 。例えその思いが、噎せ返るような鋭い痛みを伴っているのだとしても。


貴方の瞳は、海のいろ。

貴方はいつも、その真直ぐな眼で、一体何を見詰めているのでしょうか。不動のようでありながらも静と動を湛えた蒼い光。ほう、という小さな溜息とともに緩やかに閉じられる両の目蓋、その向こうには軟らかい波の静けさが垣間見え。時折覗く鮮やかな荒々しさにもまた、心の深いところをざらりと浚われてゆくのです。厳しくて、けれど温かい貴方は芳しく、私は遠い遠い所まで流されてしまいます。くるくる、次から次へと自らへ映す世界を変える貴方に、弄ばれているかのようです。つかず離れず、睛との距離は寄せ返す波のように一定に保たれています。長い睫毛に縁取られた貴方の蒼の先に在るもの、それが私自身なのであれば。こんなにも貴方に溺れ、そして満たされ、苦しみ もがくことも無かったのだろうかと、幾度も下を向いてしまうのです。


貴方の声は、空のいろ。

透き通る、澄み渡る、或いは突き抜けるかのようなその音に、私は何度心踊らされたことでしょう。色素の少ない貴方の薄い唇が開かれる度に、否応なしに高鳴る鼓動、ああ、己をこれほど憎らしく思うことは他にはないともいえます。決して大きくはないけれど、よく通るあの声を、何があろうと聞き逃すことはありません。淋しさの中に心地好さを残す、憂いを帯びた貴方のそれは、私の脆く弱った心を包んで放さないのですから。歳にはおよそ似つかわしくない小生意気な口調と、随分と大人びた話し振り、そして、言葉の合間毎に見え隠れする貴方の優しさとが綺麗に混じり合って、それは様々な模様を紡ぎだす空のよう。早朝の寒々しい曇りの色から、夕陽の翳る茜色の景色まで、貴 方から生みだされる言霊のすべてに一喜一憂してしまう私の、なんと浅ましいこと。


嗚呼。
貴方を、貴方のすべてを、素直に愛しいと思えたなら。
私はこんなにも鈍くて重たい気持ちを、貴方に抱くことはなかったのでしょうか。


いろに惑う
(どんなに美しいことばでさえも、貴方を輝かせることはできないのですね)

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二年前に書いたものです。拙い…




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