これのつづき



(しまった、脱水か…!)

目から水をずっと垂れ流していたせいだろう。事務所を出る前に口にしたミネラルウォーターだけでは、間に合わなかったらしい。こんなことならこまめに水分を補給しておくべきだった。

中途半端にシズちゃんへ切っ先を向けた状態で、身体がゆっくりと崩れ落ちていく。咄嗟のことに為す術もなく、バランスを崩し、湿っぽいコンクリートへと倒れ込む――その前に。

「おい!」

目の覚めるような鋭い声がして、俺はぐいと引っ張り上げられる。フードで見えないけれどまさか、俺の腕を掴む、この掌は。

思うように指先に力が入らない。ポケットナイフは俺の手から滑り落ち、路地の隅へからからと転がっていった。

「何勝手に倒れてやがる、ノミ蟲」

切羽詰まったような声がして、ふと上を仰ぎ見れば、そこでは何故かシズちゃんが慌てている。

何してるんだよシズちゃん。そんな馬鹿力で俺の腕取るなよ骨折れるだろ、っていうかまずなんで、君なんかが俺を助けるような真似してるのさ。

訳が分かんなくって頭がやたらにぐるぐるする。現状の把握すらできない。水の足りない脳髄では何も考えられなくて、俺は腕一本が繋がったこの不可解な体制のまま、動けないでいた。

「……、せ」
「あ?」
「離せよ、…馬鹿静雄」

やっとのことで絞り出した声ですら、泣きすぎたせいか鼻声混じりに掠れていて。どうしようもなく自分をみっともないと思う。

思い浮かぶのは波江さんの言葉。

『せいぜいあのバーテン君に見つからないことね』

そうだ。この泣き顔は、シズちゃんに見られる訳にいかないというのに。

朦朧とする意識の中、俺は空いている手でフードをより深く頭に被せる。至近距離で今更遅いかもしれないけれど、きっと何もないよりはマシだろう。

「手前、折角人が――」
「……っ、う」

しかし途端にまた、眩暈が訪れる。遠くでシズちゃんが何事かを叫んでいるような気もするが、徐々に薄れゆく感覚たちでは何も応えられない。

「おい、ノミ蟲!」

ばっ、と急激に目の前が開けた。きっとシズちゃんが俺の胸倉を掴んで引き寄せたのだろう。その拍子にフードはずり落ちてしまったらしい。まずい、このままじゃ、泣いてるのが――。

遮るものも何もなくなった視界の中で、シズちゃんの妙に焦ったような顔だけは、くっきりと映っていた。

くっそ。とことん計算違いだ。

「臨也!!」

煩わしい低音が俺を呼ぶのを遠くに感じながら俺は、そこでぷつりと意識を失ったのであった。

――瞼を閉じても、この目から涙が溢れることがなかったのを知らずに。

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終わりが見えない…でもなんとか泣き止みました良かった




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