これと同じ舞台設定で某友人が書いたもの、を私の文体にするという内輪企画の産物
※時間割や場所は揃えてありますが筋書きはほぼ全く違います



うまく言葉にできないけれどともかく、今日の俺は不順で不調だった。
本日最後の授業は現代文で、しかも俺の好きな小説の単元ではなかったから、ずっと眠くて堪らなかった。隣の席も、そのまた隣の席もうとうとしていたので、俺ももれなくその波に乗ってしまった程だ。お陰で今日の分のノートは真っ白だ。やたらに虚しい気分になって気付く、ああ、なんというか、うまくいかない。不順とか不調とか、それは一体どこが悪いのかは分からないけれど、それでもフラストレーションは溜まっていく。どうしようもないのだ。
いつの間にか掃除は終わっていて、俺の目の前には真っさらなモスグリーンに戻った黒板が広がっているだけだった。知らないうちに握り込んでいた黒板消しをじっと見詰めていると、不意に担任に「先神くん、お疲れ様」と笑いかけられてしまって、俺はふわふわした気持ちのまま「いいえ」と会釈をする。今日の俺はどこかおかしい。リュックを背負って生徒会室に向かいながらそう思った。制服に張り付いたチョークの粉が、やけに煩わしい。
高野も篠山もそれぞれ用事があって、だから生徒会室へ来たのは俺が一番最初だったのだ。開いたばかりのドアの中には誰の二酸化炭素も詰まっていなくて、なんとなく「興ざめだぜ」とか零してみる。言葉の意味なんてよく分かっちゃいないけど、どうせ俺の声を聞いている人だっていないのだ。それでも無駄な恥ずかしさは尾を引いた。ああ、早く誰か来ねえかなあ。

「あれ、先神だけ?」

失恋ショコラティエを読んでいた視線を上げると、そこに居たのは聖だった。なんだかつまらなそうな顔をしている。

「うん、高野は遅くなるって」
「篠山は」
「歯医者じゃね?」

聖はいかにも面白くないとでも言いたげな目つきで「ふうん」と呟く。それは逆に興味のないような素振りにも見えた。軽そうな鞄と一緒にソファに沈み込んだ聖は、大分古くなっているケータイを開いた。もにもにと両手でそれを操作しながら「先神、今日マック行く?」なんて聞くもんだから、俺もページをめくって「ごめん今日は週に一度のひみつの嵐ちゃん」って返す。投げやりだったかもしれないとか一瞬だけ考えて、けれどそれは聖の「あーはいはい」とかいう返答を聞いたらそうでもないかと思えた。こいつも大概適当な奴だ。
ちらりと漫画から目線を上げてみると、聖は相変わらず液晶を眺めているだけだった。ケータイばっか弄ってるから、目が悪くなってしまったんだろうな。冷たい無機質なレンズなんか聖には要らないのに。その真っ直ぐな瞳が、俺は。
それから俺達の間に会話はなかった。俺はショコラティエの続きを読んで、聖は何が楽しいんだかキーをカコカコ押し続ける。静かな空間、でもその中では何かが騒がしくて、それは俺の心臓だったり血液だったりしたのだけれど、俺はそれらに気付かないふりをした。それでも本当に気付いていないのは、俺ではないのだ。やっぱり今日の俺は不調だった。

「そういえば、高い筆って口で洗うらしいよ」

暇を持て余したからとよく分からないことを口にすれば、聖はケータイを凝視したまま「そうなんだ」と薄っぺらな相槌を打つ。

「篠山だったらさ」
「ああ、ぜったい何ですかそれ!エロくないですか!って言うな」

にやにやしながら話題に乗る書記の表情はは想像に難くない。やることもないので、もう一度ショコラティエを読み返そうかとコミックスに手を伸ばすと、すぐそこで聖のケータイがぱたんと閉じられるのを聞いた。そしてあの、綺麗に真っ直ぐな視線が俺とかち合うのだ。ぱたん、ぱたん、今にも壊れそうなケータイの音が強く耳に残っていて、俺は見つめ合ったまま動けなくなる。聖に見て欲しかった、けれど、見て欲しくもなかった。矛盾した感情はどろどろに混ざって溶け合って、例えるならそれはイチゴのフルーチェみたいに。
甘くて酸っぱいなんてそんな背反した文句、許されるのは爽やかな果実だけだと思っていた。でも、心の底に抱えている淀んでしまったこの想いに、名前を付けてみるとしたら、それはきっと。
今日の俺は不順で不調だ。いや違う、今日の俺も、繰り返し不順で不調なだけだったんだろう。

「先神知ってたっけ」
「なに?」
「高野さ、筆盗まれたらしいよ」
「まじで!?」

こうしてくだらない話をしてくれる聖に、できることなら俺のフルーチェくずれの想いをぶちまけてしまいたい。そしたら君は、眼鏡の奥のその目を濡らして、俺になんて言ってくれるのかな。

「あいつも大変だな」

俺の嫌いなフルーチェを被っても、俺は君を33322なままでいられるのかな。

「ごめん、聖」
「ん?」

それでも俺は不調だった。

「今日ちょっと用事あるからもう帰る」

すべてを悟られたくなくて、だからと言って無理に笑うことだってできなくて。

「…おまえ、大丈夫?」

だからと言って聖が、気付いてしまわない訳がないのに。

「大丈夫」

何ともない、自分にそう言い聞かせるので精一杯なのだ。俺の硝子の容器は眼鏡のレンズよりも薄くて小さくて、このままじゃ、フルーチェも何もかも溢れてしまう。

「大丈夫だよ」

ごめんね。また明日になったら、普通に笑えるだろうから。不順で不調なのは多分、今日だけなんだから。

「じゃあ、また明日」
「うん」

だからこれ以上、そんな目で俺を見ないで。


はアウトロー

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先神くんは聖くんを好きすぎるようです。

リメイク企画ありがとう!




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