俺にはイケメンで優しくて文武両道なのに彼女ができないという変わった先輩がいる。彼女いない歴=年齢の自分としてはそれがどうしてなのか全く理解できない。不思議でたまらない。だから俺は聞いた。
先輩、なんで彼女できないんですか。もしかして理想がエベレスト級に高いんですか。狡いっスよ、俺なんて先輩のおこぼれを頂戴したいくらい女の子に飢えてるっていうのに。
すると先輩は一瞬きょとんとして、それからすぐに大口を開けて笑った。爆笑。ちょっと待って下さい。

「どうして笑うんですか!」
「あはは、ふっ、ふは…いや、ごめん。つい」

目の端に浮かんだ涙(何がそんなに面白かったのか知らないけど、それにしても笑いすぎだ)を細い指で拭う先輩は、そんなふとした仕種ですらやたらに綺麗だ。イケメンって罪だな。何したって格好良く見えるんだから。

「エベレスト級、かあ。うん。まあそんなもんかな」

噛み締めるみたく先輩はそう頷く。どういう意味だろう。あ、もしかして好きな人、いるのかな。本当に叶わぬ恋をしているとか。先輩の好きな人。どんな人なんだろう。やっぱり可愛いんだろうな。
悶々と妄想に耽る俺を見て、先輩は重苦しく溜息を吐く。呆れるようなその動作に、俺はまた粗相を仕出かしてしまったのだろうかと首を傾げた。すると先輩はゆっくりと瞬くのだ。黒目がちな瞳が、悪戯に光る。

「いやこっちの話。残念ながら碓氷くんは大きな勘違いをしてるみたいだね」
「か、勘違い?」
「うん。できないんじゃなくて、彼女、要らないんだ」

何それ。なんて厭味ですか先輩。選り取り見取りだからって畜生、俺もそんな台詞一度で良いから言ってみたいっスよ。てゆかまず彼女欲しい。あー、女の子。女の子が恋しいなあ。恋しいって感じる程、満足に女の子と喋ったことすらないけれど。俺は先輩に比べたら、とことん負け犬だと思う。眉間に皺が寄っていく。羨ましいのと悔しいのとで、いらいらむかむか。

「あーそんな顔しないでよ。仕方ないよ、俺ゲイだし」

大体天は二物を与えないんじゃなかったの神様。顔も性格も頭も良いんじゃ、もう俺なんかが頑張った所で到底、って、ん?

「…げ、い?」
「うん。ホモ。俺、男が好きなの」

にっこり。少女漫画によくあるキラキラが飛んで来そうな爽やかスマイルで、先輩は俺に微笑んだ。なんだこれ。

「ついでに言うとね、」

嘘だ。だって先輩、今まで合コンとか何度か行ってたし、逆ナンも告白もいっぱいされるし、その度に満更でもなさそうな顔してこの部屋に帰ってくるだろ。俺と先輩でルームシェアしてる、この狭い部屋に。それなのになんで今、男が好きだなんて、え、あれ?先輩、なんか近くないスか。

「俺碓氷くんのこと好きなんだ」

小さなちゃぶ台で俺の向かい側に座っていた筈の先輩は、今はもう睫毛が触れ合うくらいの至近距離で、俺にそう言ってのける。いつの間にこっちに寄って来たんだろう。必要以上に近い。焦点が合わない。目の前がぐらぐらと揺れたような気がした。どうしたんですか先輩。お酒、まだ今夜は一滴も飲んでませんよね。

「え、それって、」

どういうことですか、そう言おうとしたらその言葉は間髪入れず先輩の口に飲み込まれた。つまり俺は男にキスされたという訳だ。

「ごちそーさま」

ちゅっ、なんていかにもな音を立てて先輩は漸く俺から離れた。あのそゆことは可愛い女の子にしてあげた方が良いと思います。けれどペコちゃんみたいに口の端を舐めてにやりと笑う先輩は(この人は一体笑い方の引き出しをどれだけ持っているんだろう)どうしようもなく格好良くて、ああ、もしかして俺ってとんでもない得をしたのかもしれない、なんて血迷ってしまった。だって俺の大好きな可愛い可愛い女の子ですら中々触れられないだろうそこに、俺は触れられたのだから。そう思えば一種の優越感もある。明らか騙されてるような気もするけど。ううん、思考回路がちゃんと機能しない。先輩が格好良すぎて、もう色々麻痺してるんだろう。

「ね。俺と付き合ってくれる?」

だから、チェシャ猫みたいに笑いながらも真剣な目をして俺を見る先輩に、何も考えることなく頷いてしまったのも、その後訪れた二度目の優しいキスを、たいした難も無く受け入れてしまったのも、それもこれも全部、先輩が格好良いのが悪いんだ。やっぱイケメンって罪。恐るべし。
ああすいません、あともう一つ言わせてください。先輩のエベレスト、いくら何でも低すぎやしませんか。


懐柔記念日

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ところでイケメンって死語ですか




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