※話の筋がふらふら



街中でシズちゃんが女と歩いているのを見た。
情報屋の俺は勿論知っている。あの女がシズちゃんの元同級生(ついでに言えば俺とも同窓生)、つまり来神出身の奴だってこと。それから、あいつはかなりの面食いで、気に入った男がいればすぐに手を出すんだってことも。
きっとその女からしてみれば、久しぶりだの何だのと愛想を零しながら、昔から狙っていた男に軽く手を出しただけっていう感覚なんだろう。でも残念だね、シズちゃんはそんなに簡単に靡くような男じゃないんだよ。今のシズちゃんがちょっと穏やかになったからってさ。ちょっと人との交流が増えたからってさ。
それでも、遠目に見えたシズちゃんと、その腕に胸を寄せて纏わり付く女とのシルエットは、少しだけ、本当に少しだけ、釣り合っているように見えて。だから俺は、むかむかしながら池袋を後にしたんだ。

それなのに。
どうしてこの無神経男は、ごく普通に俺の部屋までやって来れるのかなあ!

「なあ手前怒ってる?」

さっきまでぷかぷかと悠長に煙を吐いていたシズちゃんは、俺がソファーでだんまりを決め込むのに痺れを切らしたようだ、眉間に皺を寄せながら俺をじっと見つめた。

「怒ってない」
「嘘だ」
「怒ってないよ、しつこい」

低反発素材のクッションを抱え込んで、投げやりに返事をした。嘘。本当は怒ってる。胸のむかむかが治まらない。

「俺、何かしたか」

呆れた、心当たりすらないのか。ぶつけようのない苛立ちが更に増した。むかむかしたままシズちゃんを横目で睨み付ける。けれど彼は捨てられた犬みたいな目で俺を見るものだから、何故だか俺が悪いような気になってしまうのだ。
そんな訳ない。悪いのはシズちゃんだ。この俺がいるってのに、あんな安っぽい女にでれでれして(ああ、でも心当たりにのぼらないってことは、そうでもないのかな)。

「悪い」
「…なんで謝るの」
「臨也が、泣きそうだから」
「……はあ?」

あてずっぽうな指摘に、ぽかんと口が開いた。こいつは何を言ってるんだ。泣きそう?俺が?まさか。
笑い飛ばそうとして、けれども不意に目の奥がじんと熱くなった。あれ。おかしいな。泣くつもりなんか、そんな女々しい真似するつもりなんか、君に会うまではこれっぽっちもなかったのに。

「…ごめんな」

俺より一回り大きい優しいてのひら、それが俺の髪をするりと撫でる。でもこの手はあの女に触れていたんだ。そう思うとまたじわじわと熱がせり上がって来て、俺は震える唇を噛み締めた。

「……違うよ」
「ん」
「怒ってなんかない、泣きそうなんかじゃない。…ただ、」

目の前は塩水でいっぱいなのに、喉の奥はからからに乾いて張り付いてしまっている。一度ごくりと喉を動かして、滑らかに言葉が出るように。

「ただ、悔しいんだ」

シズちゃんはきょとんと瞬きをした。

「どうして俺は女じゃないんだろうって、やっぱり君には、女の子が似合うから。でも俺はシズちゃんが好きだし、シズちゃんも俺を好きだってことは、分かってるんだけどそれでも、悔しい。…俺は女じゃないから」

俺は怖くて寂しくて不安なんだ。いつかシズちゃんが離れていっちゃうんじゃないかって、俺はいつまでシズちゃんといられるんだろうって。

「シズちゃん。だからね、俺は」
「馬鹿臨也!」

ひたすらに髪を梳いていた手がぴたりと止まる。その変化にすら俺は不安になってしまうのだ。クッションに埋めていた視線をそろそろと上げると、シズちゃんも俺をまっすぐに覗き込む。そしてすぐ、はっとした。
何だよ、シズちゃん。君こそ泣きそうな顔してるじゃない。

「…そんなの俺の台詞だ」

そうやって俺を抱きしめるシズちゃんは、本当に狡いと思う。胸に詰まっていたむかむかが、少しずつ蕩けていくのが分かった。良いように絆されてるな俺。ちょっと優しくされただけでもう、許しちゃおうかなんてね。
分かってるよ。こんなの、俺が勝手に怒って勝手に不貞腐れてるだけなんだ。先に絡んで来たのはあの女の方だし、シズちゃんはあいつなんかにいやらしい気持ちなんか抱いてなかった。純粋に再会を懐かしんでいたんだ。それこそ、あの女に知らぬ間に付け込まれて――いや、これも違う。俺はあの女にかこつけて、今まで胸に含んでいた不安を吐き出したいだけなのであって。だからシズちゃんは悪くない。悪いのは、一人で拗ねてる俺なのだ。
さっきまでと言ってることがまるで真逆。本当馬鹿みたい、俺。

「手前はな、手前が思ってるよりずっと女に好かれてんだよ。俺だって不安に決まってんだろ馬鹿。考えろ。女になりてえって思うのは手前だけじゃねえんだ、それでも叶わねえんだから、仕方ないだろ」

シズちゃんの腕の中は日だまりみたいだ。暖かくて良い匂いがして、優しい気持ちになれる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられてるものだから、シズちゃんの声は俺達の身体を伝って、俺の脳に直接響いた。びりびりびり。恋に痺れるみたいに、甘くて気持ち良い。

「男なのは俺も手前も一緒だ。それでも俺には手前だけだし、手前だってそうなんだろ?」

それ俺も言ったじゃん。パクリ。

「どうにもならねえんだから、今更悩むだけ無駄なんだよ」

諦めたような台詞だけど、その声色は本当に優しくて、だから現金な俺はもう嬉しくなっちゃって、媚びるみたくシズちゃんの胸元に擦り寄った。
ああ俺、なんであんなに怒ってたんだっけ。

「ねえシズちゃん」
「ん?」
「俺、こんなに幸せで良いのかなあ」

するとシズちゃんは優しく笑う。

「何ならもっとどろどろに甘やかして、これ以上ねーくらい幸せにしてやるよ」

どうしよう。俺、シズちゃんが好きすぎて死んじゃうや。


その眦に流星
(で、手前はなんで怒ってたんだよ?)(しつこいなあもう良いだろ!)

----------

喧嘩のダシにされて勝手に忘れ去られたモブ子涙目。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -