※やたら長くなって収拾つかなくなって諦めちゃったもの
※創作のつもりがすっかりがはらぎ風になっちゃったもの(がはらぎ=化物語/戦場ヶ原×阿良々木のことですがもうほぼ関係ないですし知らなくとも普通に読めます。最早名前が違うだけ状態)
※唐突に終わるよ





「暇だわ」

肺中に溜まっている酸素を絞り出すみたく、僕の隣で深い深い溜息を吐いた夏越の、その白くて細い手にはハードカバーが乗っかっている。暇も何も、彼女は先程からずっと僕を置き去りに、活字を追いかけ続けていた筈なのだが。

「賤間くん、暇だわ」

どうやら独り言ではなく僕に向けられた台詞だったらしい。頁をめくる手を止め、夏越は真っ直ぐにこちらを見詰める(=睨む)。艶やかな黒髪が、冬だというのに開け放した窓から吹き込む風に、さらさらと揺れた。それに合わせてシャンプーが甘く香ることに悪い気はしないけれど、夕方の冷たい空気が邪魔をするから、結局のところプラスマイナスゼロだ。

「賤間くん、つまらないわ」
「……それは一体どういう意味なんだ?」
「後者よ」
「まだ何も示してないぞ」

夏越の気分の話とも僕の存在の話とも取れるんだが。
うーん。
後者だったら嫌だなあ。
大体、風邪気味の僕を侍らせながら自分は延々と読書を進めておいて、よくここまで言えたものだ。

「本を読んでいるのに暇なのか?」
「暇だから本を読んでいるのよ」
「じゃあ今は暇じゃないんだろ」
「何かをしていれば暇が解消されるとでも思っているの?」

納得できそうだが、微妙に意味が分からない。近くの机にぞんざいに本を投げ出し、夏越は僕の足を小さく蹴った。地味に痛い。どうやら彼女はご立腹のようだった。

「私はね、賤間くん。肉体的に何も動作をする事なく自らの身体を持て余しているという意味ではなく、精神的に満たされずまた目標を持たずにふらふらとしている心理状況という意味で『暇』なの」
「…………ほう」
「つまり早く来月にならないかしら、ということよ」

どうしてそうなる。
僕は立ち上がって窓に近づいた。グラウンドでは、野球部とサッカー部がごちゃごちゃと練習場所を取り合っている。只でさえ狭いんだから、時間や曜日で決めれば良いのに……全くご苦労様です。身を乗り出せば、上の階からは吹奏楽の練習が聴こえた。ただし僕は素人なので、何の楽器なのかはさっぱり分からない。なんとなくラッパみたいに聴こえるけれど、もしかしたら笛か何かなのかもしれない、さて、どうなのか。

「賤間くん」

背後で涼やかな声がしたと思ったら、賤間くん、の、くん、のところで、僕は背中を押された。しかも割合強く。なんかもう、賤間ドン、って感じだった。
結果として。僕は危うく校舎の三階から落ちかけた。

「あら、落ちないのね」
「その意外そうな顔はなんだ!お前は人間が最も怖いと思う高さは十二メートルだということを知らないのか!」
「十三メートルじゃなかったかしら」
「知っててやったのか!?」

ばくばくばくとポンプ活動を大仰に繰り返す僕の心臓には、本当に申し訳ないことをしたと思う。夏越が。
僕は当初の目的、窓を閉めることを後ろ手で(手汗で若干滑った)行い、夏越の動作に細心の注意をはらって自分の席に戻った。また何かを仕掛けられたら堪らない。

「そう。賤間くん、落ちてくれないの」
「誰が好き好んで投身自殺を選ぶんだ」
「私のために、落ちてくれないの」
「ちょっと良い台詞っぽく言われても困る。お前はそんなに彼氏のスプラッタが見たいのか」
「多少の興味はあるけれど」
「あるんだな!」
「だって暇なんだもの」

まずい。僕の彼女は、自分の暇潰しの為には恋人を殺すことも厭わないらしい。

「僕はこんな猟奇的な人間を彼女にした覚えはないぞ……」
「私も賤間くんを彼氏にした覚えはないわ」
「すみませんでした!」

僕が頭を下げれば、夏越は満足そうににこりと笑った。ここでにたりとかにやりとか笑わないところが、こいつらしいと言えばこいつらしい。
これで機嫌を治してくれたなら良いんだけど。
夏越は邪魔な髪をなめらかに耳に掛ける。

「ところで賤間くん、話を戻すけれど」
「うん?」
「確か貴方のお母さんが実家に帰ることを決めたという話だったわね」
「そんな話はしてねえしそんな事実もねえよ」

勝手に人の家庭を崩壊させるな。

「間違えました。私が早く二月が過ぎ去ることを望んでいるという話だったわね」
「ああ、まあ、そうだな……けどどうしてなんだ?」

夏越がうっかり人を殺めそうになる程暇に苦しんでいるというのはよく分かった。けれどそれがどうして三月になって欲しい理由になるのか分からない。

「二月に嫌なことでもあるのか?」
「賤間くんは私の話を聞いていなかったのかしら。逆よ。何もないから嫌なの」

何もない?二月に?
ゆったりと椅子に足を組んで座り、夏越は夕焼けの眩しさから目を逸らすようにハードカバーに視線を落とした。つられて僕もその背表紙を見る。中々に分厚いそれは、きっと教科書なんかより文字の小さな本なのだろう。僕には到底、『暇潰し』になんか読めそうにない。

「節分だってバレンタインだってあるだろ」
「あったろ、の間違いよ。今日を何日だと思っているの」

はい、二月の下旬です。

「それとも賤間くん、貴方は二月三日に恵方巻きを私に食べさせてその様子をじっと見詰めたり、二月十四日に体育館裏に呼び出されて私からチョコレートを貰ったり、二月二十二日に私に猫の耳を着けさせて語尾に『にゃ』を付けることを強要したりしたかったというのかしら」
「最後のはなんだ!知らない風習だぞ!」
「あら。にゃんにゃんにゃんで猫の日よ。知らなかった?」

そんな日があるのか……。
知らなかった。いや知ったところで何になるでもないけれど。

「今年は平成二十二年だからにゃんにゃんにゃんにゃんにゃんの日でもあるわ。そして二十二時二十二分ならにゃんにゃんにゃんにゃ――」
「いや、良い。もう分かった。十分だ」

こんな所を誰かに聴かれて、放課後の教室で彼女ににゃんにゃん言わせて喜んでいる奴に見られたらどうしようもない。というか夏越、それ狙ってるだろう。

「どちらにしろ、王道イベントはもう過ぎ去ってしまった訳だから、私としては特にすることもなくつまらないのよ」
「まあ、今は中途半端な時期だからなあ」
「賤間くんみたいに」
「余計なお世話だ!」

ん?

「そうだ夏越、お前、僕にチョコレートくれてないよな」
「そんなこともあったわね」
「どちらかと言えば何もなかったな」
「まあ、それは置いといて」
「置いちゃうの?」

差し込む夕陽が夏越を照らす。彼女の輪郭がぼんやりと蕩けて、境目が分からなくなっていく。揶揄ではなく本当に、溶けてしまいそうな――

「何よ。グリンピースあげたじゃない」
「あれはバレンタインの代わりだったのか!?」

――撤回。こんなに悪成分の強い人間が消えるだなんてこと、有り得ない。
言われてみれば、一週間か前、昼食のときグリンピースを押し付けられたことがあったような気がする。そうか……あの豆粒たちにはそんなに大きな意味があったのか……。

「僕はてっきり夏越が食べたくなかっただけなのかと……」
「否定はしないわ」
「やっぱり!」

そうもさらっと言い退けられてしまうと、今更甘味を催促することも憚られる。
謀ったな、夏越屋。

「そう、それは置いといて。もう二月には何も残されていないのよ。だから賤間くん、何か面白い記念日を作って頂戴」
「アバウトだな。それとどちらかと言えば一月の方が後半何もないと思うんだが」

正月気分なんて、まさか一ヶ月いっぱいも続く訳でもあるまいし。

「失礼ね、一月二十八日は私の誕生日じゃない」
「そんなの只の個人情報じゃないか!」
「その個人情報すら忘れていたのは、一体いずこのどなたなのかしら」

……。
僕だった。

「な、夏越……ごめん……」
「別に良いわよ。もう過ぎてしまったことだもの」

ふう、と物憂げに息をつく夏越の目は、仄かに潤んでいるように見えた。もちろん演技だろう。もしくは欠伸を噛み殺しているとか。けれどこちらとしては、嫌でも罪悪感のようなものが積み重なってしまう訳で。

「ホワイトデーは三億倍返しで許してあげるわ」
「すみませんでした!」

本日二回目の謝罪である。
そう来るだろうとは思っていたが。
まず単位からおかしい。なんなんだ、億って。三倍返しだとしても何かおかしいけれど。

「というか、その方法を採用するなら、僕はお前に数億粒のグリンピースをあげなきゃならないんだが」
「……賤間くん、性格悪いのね」
「お前に言われるとは思わなかったよ!」
「……賤間くん、顔も悪いのね」
「自覚はしています!」

少しでも気を緩めた途端にこれだ。夏越の標準装備が毒舌だと分かっていても、これくらい軽いウォーミングアップ、まだ序の口であると知ってはいても、中々心に突き刺さるものがある。
ああ、ごめんな僕の心臓。お前はいつか過労死してしまうかもしれない。

「あ」

夏越は人差し指を立て顎に添えながら、僕を見て少しだけ目を見開いた。何かに気付いたようなポーズ。

「……何か……ついてるのか?」

だとしたら相当恥ずかしい。

「そうね、眉と目と鼻と口が……」
「お前にはついていないのか」

ろくなことでもなかった……。

「いえ、そうじゃなくて――賤間くん」

夏越は不意に姿勢を正した。背筋をぴんと伸ばし、口を引き結び、真っ黒な瞳で僕を見つめ――そして。

「ごめんなさい」

耳に掛けた筈の髪を一房ずつ零しながら、頭を垂れた。

「……え?」

突然のことに、僕のキャパの小さな脳はついていけない。辛うじて、それが先程まで僕が繰り返していた動作だということは認識できたけれど、その謝罪という意味を(失礼ながら)夏越という人となりと結び付けられないのだ。

「夏越……?おい、何してんだ、やめろよ」

奇妙に震えてしまう声で呼び掛ければ――だってあまりの不可解な事態に正しい判断が取れないのだ――夏越は巻き戻しのようにゆるりと頭を上げた。また貫くように僕を見詰める、黒い双眼。
色素の薄い唇が、桃の花の綻ぶように開く。

「私としたことが、迂闊だったわ」
「な、何が」
「貴方に言われて、漸く、思い出したのよ。明日のことを」

明日?
明日に、何かあるのだろうか。

「明日は、賤間くんの誕生日だったのね」

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ここで力尽きました。すみませ…
気が向いたら続きもぽちぽちします。




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