※なんか無駄に長い



仕事でミスをした。
始めはたったひとつの綻びだった。気を付けていないと見逃してしまう程、小さな過ち。まず直そうと思った。この仕事に失敗は許されない。俺のこれから――沽券と生活に関わる。生憎綻びは簡単に直るものだったから、俺はすぐ補修に取り掛かった。けれど、その時の俺の手元には素材が足りなかった。同じ色の毛糸がたまたまなかった。運が悪かったと言えばそれまでなのだが、俺は何か嫌な予感を掴み取った。直そうと思えば、そこには他の情報を宛がうこともできた。しかしそれでは、そこだけ違う色で埋まってしまうことになる。俺はどうせ直すなら完璧が良かったから、その時、同じ類の情報を探しに出掛けてしまったのだ。漸く素材を見付けて、帰ってきた時には、もう遅かった。暫く見ない内に、綻びを封切りにした穴が、幾つも広がっていたのだ。綻びを整えるために揃えた素材はほんの少し。穴の全てを直すには明らかに足りないということは、一目瞭然だった。それでも俺は、糸目を正そうとした。自らに持てる情報を全て使って、何としてでもと――けれど俺は気付いてしまった。その綻びを直すには、周りの糸を解すしかないのだと。自分の首を絞めることしか、手段は残されていないのだと。だから俺は何もすることが出来なかった。自らの生み出した舞台が腐り、綻び落ちていくのを、何もできずに、只見詰めているしかなかったのだ。
結果俺は、たったひとつの失敗で身を滅ぼし、そして――



必要な荷物を纏めて事務所を売り払ったのはそう遠くない昔だ。
俺の持っていた情報は、クズみたいな価値に下がってしまったけれど、念のため、足の着かないように処分した。元々情報の大半を頭に入れておいたからか、そこまで時間をかけずに済んだ。波江さんにも、事情を話した後ある程度の金を渡し、身の保障もしておいた。
荷物を全て引き出してもらい、がらがらになった自宅を見渡す。家具も書類も衣類も、全部捨てて、がらんどうになった部屋。引っ越してきた当初のように、何もない空間が空しく広がっている。
いつかは起こると思っていた、覚悟はしていた、けれど。

「それがまさか、今日だなんて」

吐き捨てても答える人はいない。それは自ら手放したものなのだ。
これからどうしよう、とか、今後の事は全くと言って良い程考えていない。今までの生活も不規則だったから、さほど不安は感じていないし、自分が大きな組織に怨まれていようと捕まらない自信はある。
取り敢えずぐるりと辺りを見直し、痕跡が残っていないか確認をしてから、ポケットから鍵を取り出した。後はこれを管理人に返し、口止め料の通帳を渡せば終わりだ。
そう、終わり。

「……」

改めて思う。俺は馬鹿だ。
あの時、あんな些細なミスを放って置いてしまったこと。そのせいで職を失ったこと。けれど何より、

「もしかしたら。とか、考えちゃったりして」

期待した訳ではない。寧ろ、恐れている事態だというのに。
自嘲に溜息を漏らして、俺は袖のナイフに触れる。俺を守れるのは、もう、俺しかいない。
最後くらい、あの胸糞悪い妹たちに挨拶をしようかとも考えた。けれどそれも諦めざるを得ない。下手に動いて、害を被るのは、間違いなく家族なのだから。
手の中で鍵を弄ぶ。携帯もネットも手放した今、俺に残されたものは、ここを去るという作業ひとつだけで。

「さて、と」

そろそろだ。今更躊躇っている時間はない。一刻も早くこの街を出ることで、俺の最後の計画は完成するのだ。ぼろぼろの毛糸で作り直した舞台は、もう限界だった。
ジャケットを羽織り、靴を履く。何気ないこの動作も、ここでするのは終わりだ。一度だけ廊下を振り返って、けれどもう俺の居場所はそこには無い。ドアノブに手を掛ける。深呼吸で息を整えてから、俺は扉を開いた。

「ノミ蟲、手前よお」

重たいドアの前。銜え煙草を床に捩り付け、青のサングラスを胸ポケットに仕舞い、俺のたったひとつの逃げ道に、容赦無く立ち塞がるのは、
ああ、――最悪だ。

「俺に黙ってどこ逃げる気だ」

危惧していた『もしかしたら』は、ついに起こってしまった。
ぶちぶちと音を立てて、編み上げた筈の毛糸は千切れていく。この舞台は二人分の重さに耐えられない。支えを失って、俺はもう、落ちていくしかないのだ。
きっと俺のなだれ込む先には、その金色が待ち構えているのだろう。俺が暴れても縋っても、決して揺らぐことのない、許しがたい居場所、基い――彼が。

「……シズちゃん」
「あ?」
「君の、ところ。へ」

ぽかんと口を開けてシズちゃんは固まった。間抜け面め。
逃げ道はもう見当たらない。けれど、もうそれで良かった。諦めた訳じゃない、俺はただ、留まることを選んだだけなのだ。



い糸なんていらない
(落下地点に君がいてくれるなら)

----------

ちまちま編み物する臨也さん萌えって話を書くつもりがあるぇー?




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -