続・箱 | ナノ

我々は遭難者である。
活路はまだない。

「どうして佐波殿がここに。……あと、そちらの方は」
「……人体模型」
佐波がぼそりとそう言った。
名前を呼ばれた人体模型は増長の方を見る。白い仮面に隠れていない方の目が細められた。
「僕は普通の人体模型だよ。理科室に居たはずなのに、この空間に巻き込まれていた。
 彼とはさっき鉢合わせたばかりだ。君も迷い込んできたんだろう?」
「ええ、まあ。しかし、普通の人体模型は動かない筈ですが」
動く人体模型も七不思議の中にあっただろうか、と増長は記憶を探っていた。
もしかしてこの空間を作ったのは目の前の人体模型では……。
増長の視線が厳しくなったことに、人体模型は気付いたようだ。
「ぼ、僕じゃないからね、誓うよ。僕だって気付いたらここにいたんだ。
 ……多分時間がまずかったんじゃないかな」
「逢魔が刻」
「どういうことですか。佐波殿」
佐波は逢魔が刻と言った限り黙ってしまった。言葉足らずな佐波に代わって人体模型が話を続ける。
「このくらいの時間のことをそう呼んだりするのは知ってるだろう?
 時間とか、方角、状況。それらの条件が偶然……というか運悪くこの教室に重なったんだろう。
 ただでさえ人外の力が集まりやすい学園だからね、ここは」
「七不思議ではないと?」
「こんなことをできる七不思議はいないと思うよ」
ふむ、と増長は考え込んだ。

――どうやらこの二人と行動を共にした方がよさそうだ。
  たとえその二人があのニノサンの生徒といまいち恐ろしくない七不思議であろうと。

「四人、いる」
「四人? ここには三人しか……」
「とんでもなく不吉なものが」
佐波の言葉に増長が何か言おうとした時だった。三人のいる教室からいくつか離れた教室の中に、人の影が見えたのだ。
それは目を凝らしてかろうじて捉えられる程度だったが――三人がもう一人の存在を認識するには十分だった。
それが人間でないということも、三人は直感的に悟っていた。
「……居残りだ」
「七不思議ですか。それは」
「僕も会うのは初めてだけど……七不思議の中では得体の知れない部類に入るやつだ。
 なんでも、その顔を見ると異世界に連れ去られてしまうらしい」
「異世界にならとっくに入り込んでいるではないですか」
「そうだけど……どっちにしろ居残りに捕まる訳にはいかないよ」
増長と人体模型が話している隣で、佐波はじっと居残りがいた場所を見ていた。居残りの姿が消えたと思うと、またぼんやりと姿を現す。
佐波は、居残りが少しこちら側に近づいていることに気づいてた。
先程より教室2個分は近づいている。増長たちのいる教室にはあと教室5、6個分といったところだ。
そして、佐波は視界の端に居残りの絆創膏が滅茶苦茶に貼られた顔を見てしまった。

「!」
ギュルッ、と身体中の神経を逆撫でる音がして、佐波の右足が捻り潰された。
いや、捻り潰されたというより見えない何かに一瞬で右足を喰われたようにも思える。少なくとも増長と人体模型にはそう見えたようだ。
バランスを保てなくなった佐波は堪らず床に倒れこんだ。
「だ、大丈夫!?……じゃないよね」
「とにかく佐波殿を担いで逃げましょう。居残りとやらに捕まる前に」
「でも逃げてるだけじゃここからは出られないよ?」
「出る方法は逃げながら考えます」
こうして話している間にも居残りは近づいている。人体模型が佐波を背負い、二人は前の扉に向かって走り出した。

「ところで、佐波殿の右足はどちらに行かれたんでしょうか」
「居残りの顔を少し見てしまったんだろう。今頃右足は異世界空間をプカプカ浮いてるかも」
「ところで、小生等はどちらへ向かっているんでしょうか」
「さあ?」
佐波の足は少しづつ回復しているようだが、まだ歩ける程にはなっていない。居残りは依然として追ってきていた。
「僕達が通った後、扉か窓を何かで塞いで通れなくするっていうのはどう?」
「あれに物理攻撃が効くとは思えません」
「うーん……」
人体模型が頭を捻ると、ふいに人体模型の前を走っていた増長が足を止めた。慌てて人体模型も急ブレーキをかける。
「どうしたの?」
「……ここは……」
増長の目は驚愕に見開いている。
人体模型と佐波が増長の視線の先に目をやると、黒板に何か書かれているのが読めた。
教室b
そう書いてあった。


「……小生が書いた字です」
「え? それじゃあ、道を間違って一周しちゃったってこと?」
「……無限ループ」
佐波の言葉に増長が頷く。
「いくら異世界でも無限に広がる空間は作れないでしょう。どうやらこの世界はある一点でループしているようですね。だから今小生等は小生のスタート地点にいる」
「なるほど……」
「しかし、これでこの世界の教室の数にも限りがあるのがわかりましたね」
にやりと増長は笑った。なんとなく嫌な予感を察した人体模型は増長に尋ねる。
「一応聞くけど……何かする気?」
「粉塵爆発」
佐波がそう言った。
「その通りですよ。ほら」
増長が穴の空いた小麦粉の袋を取り出した。
「小麦粉を巻きながら逃げていました。まあ廿個は使いましたね。量は充分と言えるか怪しいものですが……とにかくこの教室以外の部屋には小麦粉が充満してる筈です。少々荒っぽいですけど爆発でこの空間を物理的に壊します」
「……大丈夫かなその計画」
「失敗したらその時はその時です、よっ!」
言うが早いが増長は火の着いたマッチを教室bの両隣、教室aと教室cに投げ込んだ。
三人は激しい爆発音と閃光に堪らず、増長は目を閉じた。「……」
静かになったのを確認して増長が目を開ける。
あれ程の爆発だったのに、何事もなかったかのようだ。そして佐波と人体模型の姿も消えていた。
増長は警戒しながら、教室の扉を開けた。
「……廊下……」
扉の先は、毎日通る廊下だった。無限教室から脱出できたらしいことに、増長は安堵する。
「あの二人、もしかして先に帰ったとか……」
「あっ! 遅いよー!」
見慣れた声がした方へ増長が顔を向ける。
そこには夜臼が立っていた。一時間程しか会っていなかったのに酷く懐かしく思える顔。
夜臼はその顔に不満の色を浮かべていた。
「心配したよ」
「すみません……」
ぷう、と頬を膨らませた夜臼の顔を見て笑いを堪えて、増長は謝罪する。
「変なことを聞くようですけど、この学園に動く人体模型といったような七不思議は存在しましたっけ?」
「七不思議? 人体模型? 何のこと……?」
夜臼はキョトンとしている。嘘を着いてはいないようだ。
「七不思議は七不思議ですよ。この学園にもあったでしょう。赤マントとか………それにほら、居残りっていうのも」
「……勇ちゃん変だよ。この学園に七不思議なんかないもん。それより早く帰ろう?」訝しげな目付きをしながらも、夜臼は増長を急かすように彼女のコートを掴んだ。


あれから、何の変わりもない日々が続いた。
七不思議がないこと、佐波という生徒は学園にそもそも存在しないこと、そして増長を勇ちゃんと呼ぶ友人の少女以外は。
「勇ちゃん、一緒に帰ろう」
「……はい」
増長は未だに、自分が元の世界に帰れたのかわかっていない。




2012/9/11 前編からとんでもない時間をかけてすみませんでした_(:3」∠)_
あと佐波さんのキャラが掴めないまま若干空気に……。


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