花言葉は敵意 | ナノ


「おや、浅間さん。花の世話ですか」

2年3組の担任、皇は教室にいた浅間花乃に話しかけた。壁にかけられた時計は4時半を示している。
他の生徒は全員出払っており、残っているのは花乃だけだ。
「ええ。そんなところです。皇先生にも一本あげましょうか」
花乃は教室の隅のプランターからロベリアの花を一本手折った。
ロベリア、瑠璃溝隠とも呼ばれる花の花弁は夕日の光に赤く照らされている。
「ありがとうございます」
皇が紫色のロベリアに手を伸ばす。花乃の指が皇の右手の甲に触れた時だ。

皇の右半身に、一斉に花が咲いた。
花の種類はまちまちで、中には平地ではとても咲かないような種まである。
右手の爪はすべてひしゃげて宙に浮き、その下からヒナゲシが顔を覗かせていた。
膝にはズボンを突き破りタンポポの花が咲いている。
腕には袖を突き破りスミレの花が咲いている。
耳には馬酔木の花が咲いている。
頭には桜が枝ごと生えているので、鹿の角のようになっていた。ただし、一本だけなのでバランスが悪い。
右目の眼孔からは鬼百合が眼球を押しやり飛び出している。
鬼百合と骨の間で板挟みになった皇の眼球は、無残に潰れてしまっていた。

「綺麗ですよ。先生」
「それはどうも。ところで、どうしてこんな真似を」
驚きもせず皇が尋ねる。動きが鈍いのは花に養分を吸われているからだろうか。舌にダリアが根を張っているので発音は少しだけ不明瞭だ。
「強いて言えばあなたが忌々しいんです」
花乃の声は穏やかな先程のそれから辛辣なものに変わっていた。
「先生が来てから、何人の生徒や教師がいなくなったと思っているんですか。現に授業にも支障が出てきています。それに、いなくなった生徒の中には、私の友人もいました」
「それは悪いことをしましたね。で、私にどうしろと」
「はしゃぐのをやめろってことですよ。あなたの企みは大体見当がついていますが、私はそれが気に食わない」

花乃の言葉を聞くと皇は大げさに眉を下げ、いかにもやるせなさそうに首を振った。
「浅間さん……私は悲しい……! あなたならば私の真意が理解できると思ったのですがねえ……」
「ふざけるな。死ね」

その時、板張りの教室の床から一斉に串が皇を蜂の巣にせんと飛び出してきた。
否、串ではない。通常のものより二回りほど細いが、それは竹の地下茎だ。
竹林は一本の竹から地下茎によって増殖し、やがて既存の林にまで侵入し、竹で占拠してしまう。
花乃は2年3組の床下に地下茎を張り巡らせていたのだ。恐らくは、2年生に進級してからずっと。

ただし、皇が白衣の下に隠し持つ単分子カッターの前では、植物などないに等しい。
細切れになったしなやかな串が床に転がる。断面は不気味なほど滑らかだ。

「な……っ」
そこで初めて花乃が戸惑う。

二発目を出そうか、いや、またあの白衣の刃に切り刻まれてしまうだろう。なら。

花乃が逡巡する一瞬の間は、皇が次の攻撃を繰り出すのには充分過ぎる時間だった。
皇のカッターが、花乃の腿に沈んだ。
花乃は瞬時に避けたが、カッターは肉を裂き骨の表面を削り教室の床に突き刺さる。
バランスを崩した花乃はその場に崩れ落ちた。
「うっ……くそ……っ!」
「ああ、そんな言葉を使ってはいけませんよ。浅間さん」
皇の声音はいつもと変わりないが、目の色は嗜虐的な愉悦に爛々と光っている。
とどめを差そうと、皇が再びカッターを振ろうとした時だった。

「花ちゃん! それに……皇先生!?」
場違いな声が教室に響いた。声の主、真苗は目を驚愕に見開き、教室の惨状を見回している。
「水原さん」
「一体何が……先生、その体は……?」
「浅間さんの花達が暴走してしまいまして。その時のどさくさで、浅間さんも傷を負ってしまったんですよ。水原さん、浅間さんを保健室まで運んでくれませんか?」
流れるように皇が説明した。もちろん今でっち上げたものだ。それでも真苗は一応皇の言葉を信じ、花乃に駆け寄った。

「酷い傷……! 花ちゃん、私に捕まって」
「……ありがとう……」
真苗に寄りかかり、花乃が立ち上がる。二人が教室から出ようとした時、皇が花乃に声をかけた。
「この体に生えた花をどうにかしてくれませんか。日常生活もままなりません」
「…………」
花乃が無言で皇の体に触れる。
すると咲き誇っていた花がみるみる萎れ、やがて砂のように崩れた。潰れた目玉はそのままだが、皇は特に気にしていないようだ。

「ありがとうございます。それと」
皇が花乃の耳元で、真苗に聞かれないよう囁く。
「今回は引き分けと言うことにしておきましょう。続きはまた、私が暇な時ということで」

花乃が殺気を灯らせた瞳で皇を睨む。二人の様子に真苗は首を傾げながらも、花乃を引き摺り教室を出る。

皇が口元を裂けるように歪ませたのと同時に2年3組の扉が閉まった。


2012/3/25 内容は真面目ですがパロディでふざけてます



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -