時計兎は捕まった | ナノ


「どうしよう……」
トボトボと、私は閑散とした廊下を歩いていた。
さっき私の白衣を取った不良っぽい生徒を追いかけたのだけれど、見失ってしまったのだ。私の足では彼に追いつけるはずもない。
いつも羽織っている白衣がないせいで、心なしか寒く思えた。
「……どうしよう」
また同じことを呟いてしまう。こうなったら保健室に戻ろうか。鏡藍先生が戻っているかもしれないし、頼めば彼を探すのを手伝ってくれるかもしれない。
今来た道を戻ろうと方向転換した時だった。
「あ、ひじきえもん先生?」
青い長身の人。どんなに遠く離れていても見間違えるはずがない。
ひじきえもん先生が、何かを引きずり私に近づいてきていた。先生が持っている白と黒のそれはまるで人間のようで……。
「ああ! さっきの!」
そう。先生が引きずっていたのは私の白衣を奪ったあの生徒だった。
「はい。これ猫市のだろう?」
先生はそう言って私の白衣を手渡してくれる。
「はっ、はい! ありがとうございます!」
先生の手から受け取ると、私はいそいそと白衣を羽織った。
「おい! いつまで引きずってる気だよ! 離せ!」
首根っこを掴まれている彼がわめく。先生と並んでいるせいで、少し小さい気がした。
まあ、私よりはずっと大きいのだけれど。
「騎士。ごめんなさいは」
「うっせーな。言うかよ」
彼は、騎士という名前らしい。
「ご、め、ん、な、さ、い、は?」
もう一度先生が聞いた。地獄の閻魔大王って、きっとこんな声をしているんじゃないだろうか。顔が無表情なのが余計怖い。
「小学生じゃねーんだからよ! 言わないっつーの! ばーか、ドラ●もん!」
顔からさっと血の気が引いていくのがわかった。
皆思っているけど、決して先生に向かって言ってはいけない言葉。それをこの騎士という人は言ってしまったのだ。
彼の末路を想像して私は思わず顔を手で覆った。
「…………」
先生は何も言わない。いつもなら鉄拳が繰り出されるところだろうが、今日は何かを考え込んでいるようだ。
「騎士。屋上に来い」
「お、やる気か? 受けて立つぞ」
「いいや、楽しい化学の時間だ」
「はぁ?」
騎士君が唇を歪める。
先生、どういう算段なんだろう?
「今の時間なら皇先生が屋上で実験をしてる頃だろうな。皇先生、実験台を欲しがってたんだよ」
「…………おい。まさか」
多分そのまさかだろう。
「や、やめろよ! 離せって!」
騎士君は暴れるけれど、先生との力の差は歴然だ。
「大丈夫大丈夫。死にはしないさ。……あ、猫市。もうこんな奴に白衣を取られたりするなよ」
「はい……」
尚も暴れる騎士君を気にせず、先生は屋上への階段を上っていく。
……私はモルモットとなる騎士君のことを思い、合掌した。


2012/2/16 この後騎士君は大変な目にあいますがそれは別の話

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