想っているのは・・・
「トラ!」
聞こえてきた声に、ピタッと一瞬足を止めたがその呼び方をする人物は一人しかいなくて、すぐに何事もなかったかのように振り返りもせずに歩き出した。
「おい!」
お前なぁ;と呆れたような表情を浮かべるのは緋色だった。グイッと肩を捕まれ振り返させられた。
「・・・あれ、センパイ。居たんですか」
「・・・お前、足止めてたの見てたからな?俺に呼ばれたって分かってて無視すんな」
「気づいてるのならいい加減、私に構うのはやめて仕事に集中してください」
ガクッと肩を落とす緋色を冷めた目で見た後、素っ気なくそう返せば彼はポリポリと頭を掻いた。
「お前、まーだ怒ってんのかよ?」
「・・・別に」
「怒ってんじゃねーか。まぁいいや、お前今から昼だろ?一緒に・・・」
「私に構うな、と言ったのが聞こえませんでした?」
行くわけないだろ、と言い放ち緋色の横を通り過ぎた。そんな唯の態度を見て「やれやれ」と小さく溜息を吐いた。
「悪かったって、な?機嫌直せよ」
スタスタと足を止めない唯の前に回り込んで両手を合わし謝る緋色。
「・・・・何に対して怒ってるかも知らずに適当に謝ってるくせに」
「分かってるって。あれだろ?降谷との事を揶揄ったからだろ?」
悪いって、そんなに怒るとは思わなかったんだ。と申し訳なさそうな表情を浮かべる緋色に、はぁ、と溜息を吐き足を止めた。
「・・・あんたの奢り?」
「え?・・・あぁ、メシか?もちろん」
「今回だけね」
「うしっ、決まり!何食いたい?」
「・・・寿司」
「ははっ、お前寿司好きだよなー」
寿司、寿司なー、どこがいいか・・・と呟きながら歩きだす緋色の背中を、悲しげな表情を浮かべ「・・・バカ」と小さく呟いた。
揶揄われたことに関して本気で怒ってたわけじゃない。
いつもの軽口は緋色の性格でーーー
でも今回ばかりは腹が立って仕方がなかった。
「・・・私が、誰を想ってるかなんて本当は知ってるくせに」
「トラ!」
早く行くぞ。なんて言いながら振り返って笑う緋色を見て、唯は素っ気なく「はいはい」と返し、顔を逸らした。赤くなっているであろう顔を見られないためにーーー
店へとついて席に座り、お寿司を食べていれば「あれ?」という声が聞こえてきてそちらを振り向いた。
「あ・・・」
「ん?おお、降谷と風見か。お前らも昼飯寿司か?」
唯が緋色の背後に立っている人物を見て声を上げれば緋色も首を傾げながら振り向いた。するとそこには降谷と後輩の風見の姿があった。
「まぁな。珍しい組み合わせだな、今日は椎名はいないのか?」
「胡桃は今日休みです」
降谷の問いに唯が答えれば「なるほど」と笑った。
「今からなら一緒に・・・あ」
なんなら一緒に食うか?と問おうとした緋色だったが、降谷との事を揶揄って怒らせたばかりだった事を思い出し、途中で言葉を止めて唯を見た。
そこまで言ったなら最後まで言えばいいのに、と小さくため息を吐きながら唯は隣に置いてあった鞄をずらした。
「お昼時で混んでますし、今からだと結構時間かかりますよ?」
お二人さえよければどうぞ。と唯が伝えれば、降谷と風見はグルッと店内を見て苦笑いを零した。
「じゃあお言葉に甘えるか」
「そうですね」
降谷と風見はお邪魔します、と律儀に挨拶した後、唯の隣へ降谷、緋色の隣に風見が腰かけた。
「最近、妙にお前と飯食う時が多いな」
「そりゃあ同じ任務に就いてるからな」
どこか嫌そうな表情の降谷に「その嫌そうな顔、いつものポーカーフェイスで隠せ。じゃねぇと俺でも傷つくぜ?」と苦笑いを零す緋色。
「大賀も緋色と二人って本当に珍しいな」
「奢ってくれるらしいので」
「ほぉー?俺たちの分もか?」
「え?緋色さん、ごちそうさまです」
「なんでだよ!たまたま居合わせて混んでるから相席してやっただけなのに、俺が奢る意味は!?そして風見!お前も便乗すんな!」
そんな会話をする男三人に唯は小さく笑った。
「わりぃわりぃ!待った?」
待ち合わせでもしていたのだろう。一人の男性がそんな言葉を言いながら唯の後ろのテーブル席へと座った。ただ、それだけなら対して気にも留めなかったのだが、見覚えがあるその男の顔に首を小さく傾げた。
「もうっ!遅い!30分も遅刻だよ!一人でテーブル席とか超気まずかったし!」
その男性の待ち合わせの相手だろう。女の子が少し怒り気味で言って言葉が耳に入り顔を顰めた。
「トラ?」
そんな彼女の様子に気が付いた緋色が名を呼ぶが、難しい表情を浮かべている唯には届かなかった。
チラッと後ろへと視線をむけ、椅子と椅子の背中合わせに座っている男を盗み見る。横に座っていた降谷もそんな彼女に気が付き首を傾げてチラッと背後の男性を見た。
「おい、トラ。どうしたんだよ」
「しっ」
男の顔を見終わって前を向けば怪訝な表情を浮かべる緋色。口を開いた彼に静かに!と言うように口元へと人差し指を置いた後、徐に携帯を弄りだした。
「?」
緋色、降谷、そして風見が顔を見合わせて首を傾げている最中、唯は目的の物を見つけ、はぁ、と溜息を吐き頭を抱えた。
「おい、本当にどうした?」
「・・・・・・」
チラッと緋色を見れば心配そうな彼の表情。黙ってても仕方がないか、と思い、引っ張り出してきた写メを彼へと見せた。
降谷も気になったらしく、横から覗き込む。
「・・・これは?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
風見は首を傾げるが、緋色と降谷は何を指しているのか分かり眉を寄せた。そして二人はもう一度唯が見ていた後ろの男性を盗み見た。
「・・・ソックリさん、ではないよな」
「私、会った事あるし、多分本人」
「その写真、椎名・・・か?」
風見は一人、状況が把握できずそう零せば唯は「はい」と頷いた。
「横に写ってるのは彼氏で・・・、え?浮気現場か?」
そう、唯が見せた写メには、幸せそうに笑って腕を組み、彼氏と二人で自撮りしたであろう椎名胡桃の写真だった。
「浮気・・・ではないですね。胡桃とは1週間くらい前に別れてますし・・・」
「別れ・・・?だったら別に問題ないだろ?」
風見が問えば「そうなんですけどねー」と言いながら携帯を閉じた唯。
「未だに元気ない胡桃見てるし・・・、男の方はもうさっさと違う女作るか、と思いまして」
「お前も人の事言えないだろ?」
よく違う男連れてるし・・・と風見が言えば、ピシッとその場の空気が固まった。
「おまっ、バカ・・・そういう事は本人に言うなよな!」
「それはあんたも一緒でしょ」
緋色が慌てて風見へとツッコむが、唯がすぐさまツッコミを返した。
「ははっ・・・;」
降谷はもうその状況に苦笑いを零すしかなかった。
「・・・まぁ、風見さんの言う通りなんですけどね。私がどうこう言う資格はありませんね」
そう言いながら立ち上がり、座っていた降谷へと申し訳なさそうにどいてもらった。
「おい、トラ・・・」
どこ行くんだ?と問う緋色に「帰る」と一言。
「帰るってお前ほとんど食ってないだろ?」
「もう十分。ご馳走様」
なんだか嫌な予感がして、帰ろうとしたのに・・・聞こえてきた言葉にピタリと足を止めざる得なかった。
「そう言えば、前言ってた彼女と本当に別れたの?」
男の連れの女が言った言葉にーーー
頭に警報が鳴る。これ以上何かを聞く前に立ち去ってしまえとーーー
つい最近まで、男相手に本気で付き合ってこなかった自分には何も言う資格がないのだからーーー
でも、足は動かなかった。そして許せない言葉が耳に届くーーー
「あー、別れた別れた。急にあいつがこっちに来るって言うもんだから慌てて別れて連絡絶った」
「あー、前言ってた奥さん?」
「そー。ガキの喘息で田舎の実家に帰ってたんだけどよー、もうほぼ完治したとかで急に帰ってくるとか言うもんだから慌てたぜー」
「あー、だからもう店にも来ないし今日で最後だから奢ってくれるって誘ってくれたんだねー。遅れてきたけど」
「悪かったって。出る時に家の前に胡桃がいて巻くのに時間掛かっちまって」
「えー、なにそれ。ストーカーじゃん!」
きゃははっ、と笑う女の声が耳障りでーーー
「そのストーカー、警察に相談しますか?」
「あー?」
「詳しく教えていただけるかしら?西条明さん」
立ち去ろうとしていた唯が、踵を返し男の隣へと立って、心にもない笑顔をその顔に張り付けて言えば、一瞬怪訝な表情をして振り向いたその男。唯の顔を見た瞬間、その表情は一変し、サァッと顔を蒼褪めさせた。
想っているのは・・・(唯っ、ちゃん・・・・)
(私のこと覚えてくださってたんですね)
(あのっ、これはっ・・・)
(最っ低ですね)
(っ・・・・・)
(えー?何あんた?いきなり・・・)
(うっさい、あんたは黙ってろクソガキが)
(・・・大賀って口が悪いんですね)
(お、おー・・・、ありゃあ相当キレてんな;)
(止めなくていいのか?)
(・・・俺がいったら火に油注ぐようなもんにならねぇか?お前行けよ、降谷)
(・・・確かにお前は彼女の神経を逆撫でしてることが多いもんな)
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