また家族がでしゃばります
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 薄暗く、ぼんやりと、物音ひとつしないほど静かで、最近ストレスが溜まりがちなのにも関わらずすんなりと眠りにつけた夜だったというのに。そんな夜は一転して黄色味を帯びたライトの下、静かながらも心の中は騒がしく、今まで体験した中で一番眠りにつけない夜になってしまった。


 ドタドタドタ、という何者かが階段を登ってくる音で目が覚めた。今日は母親は仕事なのでいないが、ちゃんと鍵はかけておいたはず。じゃあ、一体誰なんだろう。それの答えを考えるよりも先に、まぶたはくっつ…きかけた途端、荒々しく扉は開かれ、目に白い光が突き刺さってきた。まだ夜は明けてすらいないというのに、こんなことをしたのは一体どこのどいつだと少しばかりイラつきながらも薄目でちらりと姿を確認すると、そこには髪はぼさぼさでスウェットノーメイク、おまけに今にも泣きそうな、久し振りに見る姉の姿。


「―残念ですが、」

 ドキュメンタリーでよく耳にした言葉。それをまさか、この自分が直に耳にする機会があるだなんて誰が想像できただろうか。目の前には、見慣れたはずなのに見慣れぬ、母の顔。ついでに言うと隣にいる姉の涙なんかは、もしかしたら初めて見たかもしれない。…とにかく、この状況よりも驚いたことがある。それは、涙を流して必死に医者に乞う、父の姿。

「…なぁ、もうそういうのやめてくれよ。母さんは死んだんだよ。お前がいくら泣いたって、医者は魔法使いじゃあるまいし呪文一つ唱えれば母さんは戻ってこれるわけじゃねぇんだよ…。誰のせいでこうなったと思ってんだ?誰のお陰でこんなことになったんだ?なぁ、答えろよ…答えてみろよ!!」

 何も答えない、何一つ言わない父親に苛立ち、舌打ちをひとつすると、近くにあったパイプイスにわざと音を立てながら座ってやる。すると申し訳なさそうな父親の顔が目に入ってしまい、苛立ちながらもどこか複雑な気持ちになってしまった。


 ―本日深夜、母が死んだ。
 過労のせいか体調がすぐれなかった母は、きっと早く帰りたかったのだろう。あまり人通りの少ないとはいえ、一般的な道よりはそこそこ車も通っている交差点で、信号も車が来たかも確認せずにそのまま歩いていき、案の定車と接触してしまった。接触したといっても突き飛ばされただけなのだが打ち所が悪く、ほぼ即死の状態だったと医者は言っていた。…母が早く帰りたかった理由も分かる。なぜなら今日は、父と母の結婚記念日だったのだから。

「…篤志、すまない。確かに、母さんにばかり働かせてこんなことになって、父さんは本当にダメな父親だと思う。いつか言ってくれたよな、父親失格って。まさにその通りだ…。」

 涙声で話す父。いきなり何を言うのかと思えば、いまさら、そんなこと。

「…でもなぁ、こんな俺だって、お前の…お前たちの父親なんだ。今まで散々迷惑かけた。母さんも俺が殺したようなもんだ。でもな、やっと父さん、仕事を見つけたんだよ…。それを今日、母さんに言うつもりだった。なの、にっ、よぉ…」

 ぽろぽろと涙を流す父の姿は非常に滑稽で印象的だった。仕事を見つけたからなんだ、今更そんなこと言われても、困る。

「…だけど、このままじゃ、だめだ。だめなんだ。許してくれなんて言わない、一生憎んでいたって恨んでいたって構わない。…こんな父さんだけど、もう一度、やり直してくれないか…?」

「…仕方ないけど、」
「…ちょっと考えさせてくれ」

 俺は姉のようにはなれないと一言、父は少し黙ったあと、…そうか。と呟いた。その日はわざわざ学校に行ってサッカーする気なんて起きなかったけれど、母さんはそんなの望んでなんかいない。というより、そんなの許してなんかくれないはずだ。いつも通り部活に出て、いつも通り家路につく。でも、今日からは必ず父親がいるのだ。気まずいというか、なんとなく、嫌だ。嫌な気しかしない。なので今日は、倉間を連れてきた。三国でもよかったが、あいつは優しすぎる。ただでさえ母子家庭で色々気苦労もありそうだというのに、これ以上心配事を増やすわけにはいかない。その点倉間なんかはごくごく普通の家庭に育って、ちっせぇけど一応雷門のファーストユニフォームの背番号を背負っているし、なんだかんだでこいつの自由奔放というか、我が儘なところは嫌いじゃない。…色々理由を並べてはみたけれど、一番の理由は手っ取り早かったからだということは秘密な。

「…へえ、そんなこと、あったんすか」

 先輩の母親が死んだというのに、こいつは顔色一つ変えずまた人のベッドの上で、スナック菓子を次々と口内に放り込んでいる。そんなにうまいか、それ。

「……、もうちょっと悲しがれば?一応喋ったことあるだろ」
「あんな綺麗な人が死んだなんて勿体ないっすね。店の売り上げ下がるんじゃないっすか」
「…お前、」

「じゃあ何すか、南沢さんはなんて言って欲しいんすか?父親とやり直してみたら、って言われたいんですか?それとも、」

 気がつけば、倉間の上にまたがり、片手で口をぐっと押さえ込んでいた。

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これを書くのにだいぶかかりました。すっごく大事なところ(だと思った)から…

もうR指定いるの一部分だけですが、次回完結です。前々からちょいっと言ってますがしあわせエンドではありません。乞うご期待。

2011/9/28
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