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「…何、お前顔赤くね?」

「えっ、い、や、あの」

 トイレから戻ってきたら倉間の頬はりんご病にでもなったんじゃないかってくらい異様に紅潮しているし、目を合わせてくれない。なんだ、こいつ。俺のいない間に一体何があったっていうんだ。

「いや、マジ何?…って、それか」

 ベッドの下には、なんとなく目にしたことがある下着がひとつ落ちていた。確か、これは一昨日かそこら、倉間と同じクラスの…誰だっけ。名前が思い出せないけど、その後は倉間以外部屋に入れてないしたぶんそいつのだ。

「あー…、山田なんとかの。ほら、お前のクラスの」

「…は?山田ってあの山田?…山田さんと南沢さん繋がってたんすか」

「んー、まぁそこそこ可愛いかったし好きって言われたし仕方なく」

「…うっわ、最悪」

 がっくりと肩を落としながらそう言った。この様子から見ると、もしかして倉間は山田に気があったのだろうか。もしそうだとしたら山田が心底羨ましい。

「倉間あいつのこと好きだったのかよ」

「いや、そんなんじゃないっすけど…山田さん清純そうなのに…南沢さんの毒牙なんかに…」

「…は?何が清純?あいつただのド淫乱ビッチだけど。ちんこ大好き!もっと奥まで腰砕けちゃうくらい突いて!ちんこないと死んじゃう!南沢せんぱいの精液たっぷりのお風呂につかりたいのおおとかわけわかんねーこと叫びながら喘ぐし、挙句の果てに俺とやったあと物足りないからまた他の奴とやったって聞いた」

「…もういいです喋らないで下さい」

 枕に顔を埋め現実逃避に走る倉間の尻をばしっと叩いて、俺のをお前のケツに入れたら山田と間接セックスできるぜと半分冗談で言ったのだが、倉間はそれが冗談には聞こえなかったらしく小声でキッモ、と言われてしまった。



「…あ、もうこんな時間」

 俺は勉強、倉間は俺のゲーム機で許可も取らずまるで自分のもののように遊んでいた。音ゲーなのだが、さっきからミスの連発でキャラクターがやられてばっかりだ。かれこれ二時間はやっているというのにまったく上手くならない。他のゲームをやればいいのに。

「母親うるせーし俺もう帰りますね」

 ありがとーございましたー、とまったくその気が感じられない声色でお礼を言い、ゲーム機を机の上に置いた。

「ん、玄関近くまで送ってやるよ」

「それモロ玄関でさよならじゃないっすか」

「日本語って難しいよなぁ」

 そんなの言い訳っすよ、なんて相変わらず憎まれ口を叩く倉間にちょっぴり愛しい感情を抱いた。…のも束の間、玄関に目をやると見慣れない靴が一足。倉間のものではないということは靴の大きさからして一目瞭然だった。…ああ、これはもしかして、そういうことなのか。最悪のパターンが頭の中でいくつか繰り広げられる。

「おお、久しぶりだな篤志ぃ…ってもさっき電話したばっかりだったなぁ。母さんいねぇし金どこにあんのか分からねぇんだよ、教えてくれ」

「…?南沢さんのお父さんっすか?」

「…こんなの父親でも何でもねーよ。赤の他人だし何よりコイツは不法侵入者」

「相変わらず冷てぇな篤志は。後ろのちまっとした子、篤志の後輩くんか?ちっちゃいからってあんま意地悪すんなよ」

 キッと目を細めながらありったけの殺気を放って父親を睨み付ければ、金のことはもう諦めたのだろうか「あーあー、分かった分かった。まったく篤志はおっかねぇぜ」と言いながらそそくさと家を出ていった。あんまりにも倉間をじろじろと見ていたので正直良い気分ではなかった。あいつのせいで、もし倉間の身に何か起こってしまったりなんかしたら倉間もだが俺だって困る。

「…誰っすかあの人」

「血は繋がってるけど顔も見たくない声も聞きたくないいっそ殺したいクソジジイ」

「なんか複雑そうっすね」

 まあな、と言って玄関の扉を開けた。倉間はそこまで詮索するような素振りもなく、俺もわざわざごたついた家庭事情を後輩に話すつもりなんてないし、そもそも話したところでどうにもならない。可哀想な自分を演出したいわけでもない。倉間は母親がお水やってるのは知ってるから、なんとなく想像してくれるだろう。

「おじゃましましたー」

「ほんとにな」

 倉間を見送って自室に戻り、開きっぱなしだったテキストに取り掛かる。勉強は理解できれば楽しいから嫌いじゃない。けれど、めんどくさいことに変わりはない。元々あまり頭がいい方ではないから成績を維持するのに結構時間を要してしまう。最近は、この勉強に費やしている時間が勿体なく感じてきて仕方ない。

 ―勉強するなら、サッカーがしたい。

 内申第一の俺がそんなことを思うようになるだなんて、…よくよく考えてみたら、俺が内申第一なのも、良い成績をキープしなければいけないのも、すべて、全て父親のせいなんじゃないのか。別に俺は成績は悪くなければいい。

 …もうイライライライラして勉強どころではなくなってしまった。こんなことで、ああ、また、アイツに。
 机の上のテキストをぐっちゃぐちゃのめっちゃめちゃにしたい衝動に駆られてどうしようもない、どうしたらいいのか分からない。何が間違いで何が正しいのか、分からない。

 ―もし、隣に倉間がいたら、


 本当に、俺はどうにかなってしまいそうだ。


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最後らへんで詰んだ

2011/9/8
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