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「南沢さん、ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

「…何?」

 校門を過ぎてしばらく、住宅街が近くなってきたところで勇気を出して、自分の左腕をひっぱる右手を掴み返し、止まるよう呼びかけた。

「先輩の家、通り過ぎてるっすよ」

 いつもだったら反対側にある交通量の少ない道から帰るのに、今日は交通量の多い大通りから帰ってきていた。ちなみに、そこを通るのは一人で帰宅するか、南沢さんが俺の家に来るか、だ。でも南沢さんは俺の家には滅多にこない。片手で数えられる程度だ。大抵この人と遊ぶ場合は外に出るか、南沢家で漫画を読んだり、一緒にDVDを見たり、エトセトラ。

 ふっ、と振り返った南沢さんと目が合った。…と思ったら、瞬きもしないうちに目線を斜めにずらし、知ってる、と小さくつぶやくと、右手に力を込めてまた歩きはじめた。どう声をかけていいのか分からず、だからと言って手を振りはらうこともできず、ただ黙って後をついていく。風にのってさらさらと揺れる髪、自分の柔らかい小さな手と違い、ごつごつとした大きな手、ちらりとのぞく首筋。ぜんぶ、自分とは違う。どきどき、しているんだと思う。ずっと見つめていた。よく飽きなかったものだなぁ、なんてことは敢えて言わないでおく。恋は盲目っていうのは案外間違っていなかったらしい。

「…あ」

 南沢さんの後ろ姿より、見慣れた光景。というか俺の家が視界に入った。正直、全く気がつかなかった。えっと、一体これはどういうことなんだろう。

「えっと、これは」

「普通に考えてみたら分かるだろ、送ってやったの」

「は?南沢さんが?俺を?送る?正気ですか?南沢篤志、ちゃんと中にいます?」

「なんだそれ、好きなやつ送っていくのがそんなに悪いことかよ」

 悪いというより、こんな南沢さん初めてだ。女子のことはちゃんと送ってあげていたけれど。あんなふうに強引に連れていくのは、はたして送るのうちに入るのだろうか。

「別に悪くはないですけど、珍しいっすね…てっきり連れ込まれると思ってましたよ」

「いや、最初はそういうつもりだったけど、お前の顔見てたら気分変わった。…たまには送ってやるってのもいいかもな」

「送るっていうか、絶対にひっぱっていっただけっすよね、絶対」

「二回も言うな」

 ばちん、とでこっぱちされ、じんわりと広がる痛みを和らげようと手を当てようとしたら、南沢さんの大きな手に遮られ、ついでかは分からないが髪をかき上げられ、痛みの中心部にキスをされた。

「…みんなの前で見せつけてごめんな。これがお詫びってことで」

「また明日な、典人」

 ひらりと方向転換し、来た道を戻っていく南沢さんの後ろ姿。その姿が妙に愛しくて、見えなくなるまでずっと、その場を動かず…動けずにいた。


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あまーーーーーーい

2011/8/20
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