獄寺「おいっしっかりしやがれ!!」

琉輝「鈴音っ!!死なないで…っ!」




琉輝の悲痛な叫び声と共に鈴音は瞳を閉じきった。
琉輝の瞳から落ちた涙はポチャン…とかすかな音を響かせ泉の中へと消えていく。


エルは溶け切った氷の中へと沈んでいこうとする鈴音の体から離れると溶けて砕け始めていた氷から氷へと飛び移りながら地面に降りたとうとする。
あと一歩、エルが地面に足を伸ばしてつければそれだけでエルの勝ちが決定―――する、はずだった。




ギチ、ッ


エル「え……?何、」


ギ、ギギギギギ…


リボーン「糸だな」

ツナ「糸!?」




泉に響くいびつな音の正体は天井や各所から伸ばされている糸。
それは鈴音の腕に付けられているVGから発生しているもののようで、泉に沈もうとしている彼女を操り人形のようにして引き上げていくと繭のようにして固まってしまう。
繭の形状といえば未来でも翠に使われたもので、未来で使われた糸は〈水色〉の糸だった。
今回彼女を包み込んでいる糸の色は〈黄〉と〈金〉と〈白〉であり、繭は空中に佇むだけでなにか攻撃をしてくる様子は一切見られない。


エルは繭を視界に入れると鼻で笑い、不安定な足場から斧を繭一直線に放った。
落としてしまえば失格は確定なのだから今更何をしようが関係ない。




エル「バイバイ」




巨大な斧が回転し繭を吊るす糸を一直線に切ろうとする。
が、しかし―――。


パシッ…


それは簡単に止められて繭の上に人影が見えた。
斧を止める人物、にこにこと笑みを浮かべる人物、無表情で糸の上に立つ人物。

斧を止めた人物はエルへと斧を投げ返しながらも口を開いた。




「そんなもん振り回したら危ないやろ」

獄寺「あ……あいつは確か…」

琉輝「十二天将の守里(しゅり)…天人(あまと)…白麗…!」

守里「(にこ)

俺らなぁ?自分にも鈴音にも勝たせるわけにはいかへんのや。せやから邪魔しに来てん」

エル「は?」

守里「せやからな?この戦いに勝ちも負けもあらへんってことや」

天人「そうそう、そういうこと〜♪だ・か・ら。諦めてどっかいっちゃってくれる〜?」

白麗「鈴音は渡さないし、お前を勝たせるわけにも行かない」

リボーン「何言ってやがる。お前らは鈴音の命の下動いてんじゃねーのか?」

白麗「ん、普段はそれで構わない。―――が、俺らには〈主〉から命じられた使命があるんでな、それを執行しただけだ」




白麗の言葉が泉に響き渡ると同時だっただろうか。
周囲の空気がより一層冷えた気がして、気づいたら泉の奥にある結晶の上に復讐者の姿があった。
復讐者は繭の上に陣取る3人の姿を認めるといきなり鎖を伸ばしたが守里がどこからか喚びだした大剣により断ち切られ繭に触れることはない。




守里「あかんねん、って。自分らが持っとるそれ、下のボンゴレ坊主らに渡すわけにはいかへんのや」

天人「いけないんだぁ、人のもの奪っちゃあ、ダメなんだよ〜?」

白麗「返してもらおう」


瑠香「まさか!記憶の鍵を奪うつもりで…?!」

ツナ「な…、え!?そんなの困るよ…!だって、謎が解決しなくなる…!」


復讐者「それはならぬ。これはT世とコザァートの約束だ」

天人「はぁ?約束?そんなの僕らの〈主様〉に関係ないんだけどなぁ〜?それに、T世は〈主様〉の意思を尊重しないほど卑劣なわけ〜?」

守里「こちとら主命や。何が何でも返してもらお、思てんねん。〈主君〉のためやし、しゃあないわ。ちょっと本気出そか」

白麗「仕方あるまい……。〈主〉のためだ。その記憶をDに見せるわけには行かないんでな」




大剣、錫杖、鎖蒲。
各々の武器を構えた3人の周囲に他の十二天将たちも揃い始め、復讐者に対し明確な敵意を見せる。




華煉「これも〈主さん〉の主命でありんすから。…さあ、うちと一曲舞いんしょう?」



糸を



燈「動かないわけにはいっかないんだなぁ、これが。〈主ちゃん〉のためだし!」



鎌を



安「どうしても嫌と言おうが、それは返していただきますよ。〈主〉の秘密ゆえに」



玉を



和「………私の〈主〉の最後の主命は果たすから」



爪を



宮「海原の怒りに触れたいのであれば……断りはしませんが…。〈主様〉、最後の主命、果たしますね」



杖を



智恵「大事な大事な〈主様〉のためですから一肌脱ぎましょうかね」



扇を



秦「……………〈主〉の為…」



拳を



秀「我らが〈主君〉が最後に残した唯一のわがままですから、叶えてみせます」



弓を



全「さぁ、僕ら全員と戦うかい?それとも〈公〉のために死ぬかい?」



幻を。


薄ら笑う全がゆるりとタクトを動かそうとすると復讐者は全の腕の中に布に包まれた何かを放った。
全はそれを確認すると腕を横に上げて十二天将たち全員の武器を下げさせると姿を消してしまう。

燈は鎌に炎を灯すと糸を薄く切り裂いて、裂け口から和と共にゆっくりと腕を差し込んでズルリと鈴音と思わしき体を引きずり出してしまう。
鈴音の体は繭の中でなにかの液に包まれていたのかしっとりと濡れており、体は焼け爛れた痕などなくきれいな素肌そのままだ。

ゆったりと目を開くと燈の姿を捉えて手を伸ばす。




燈「邪魔してごめんね鈴音ちゃん」

鈴音「………あか、り…?」

燈「うん!」

鈴音「呼んだ、かしら」

燈「ごめんごめん、勝手に出てきちゃったの。力は使ってないから安心してね!」




にこにこと笑う燈により氷の上へと体を下ろされた鈴音は不安定な足場にグラリと体制を崩す。




鈴音「死んだじゃなかったのね」

守里「勝手に出てきたついでに治したったんや。自分、痛覚おかしいんやないか〜?」

鈴音「……さあね」

天人「出てきたついでだし、命じちゃってよ〜。あの女を、倒せ―――って。」

鈴音「帰って」

「「「「「 、 」」」」」

鈴音「私は自分の手で決着をつける。貴方たちに命じたりしない」

宮「で、すが…」

鈴音「……………私を通して誰かを見るのやめてくれない」

「「「「「!」」」」」

鈴音「私は音葉鈴音でしかない。私は私、……貴方たちが求める〈主様〉にはなれないのよ」




不安定な氷の上を歩いていく鈴音の後ろ姿を黙って見送った11人は、ゆっくりと姿を消す。
それが決別したように見えた芽埜たちは複雑な表情で鈴音を見つめるが、彼女は俯いていて表情が見えない。

コツ、

エルに最小限近づいた鈴音が立ち止まった。




鈴音「貴方は藤見エル以外の何者にもなれない。私も音葉鈴音以外の何者にもなれない」

エル「…………」

鈴音「私は変わることが許されない。赦されない」

エル「だからなに」

鈴音「貴方は変わっていけばいい」

エル「どういうことよ」

鈴音「貴方は貴方の好きな人のために変わってあげればいいの。―――それだ、け…」




鈴音の瞳がゆっくりと閉じられていく。

ズル…ッ

膝から崩れ落ち氷の上で滑った鈴音の体は氷点下の泉の奥底へと沈んで行く。
ゴポゴポと気泡を浮かべていた泉の表面は静かになり、暫くすると凪ぎ始めた。




エル「…なに、これ」




エルのつぶやきに答える人物はいない。




エル「なん、なの、よ。あ、あんた偉そうに説教ばっかしてんじゃないわよ!!御託ばっか並べちゃって…!!これだから大人って嫌いだわ!!ごちゃごちゃうるさくて指図ばっかり!!話なんて聞いちゃくれないくせにいうことだけは立派じゃないのよ!!!」




水面はなんの反応を示すこともない。
ただ静かに蒼さを映し出しているだけだ。




エル「あ、んた、早く出てこないと死んじゃうのよ!?何考えてんの!?こんな勝ち…絶対認めない!!認めてやるもんですか!!!」














*     *     *















鈴音



水面がキラキラと反射して目に痛い。
肌を突き刺す冷たさは、感覚がマヒしてしまったのか、もう感じない。

息をしなくても、心臓が動いていなくても、私は死なない。




『大丈夫かい?』

『寒ぃだろ』




平気だわ……。
ここに沈んでさえいれば私は誰も傷つけなくていいし、私以外の誰かになる必要もないんだから。




『……ああ、そうだね。君は李神美になりたくないんだものね』

『この戦いが終わるまで眠ってろ。……終わったら起こしてやるよ』




ありがとう……雪(せつ)…、炎(えん)…。




『『嫌わないでくれて、ありがとう』』




ゆっくりと目を閉じれば意識が闇に閉ざされていった。
トン…と背中が泉の奥底についた感覚がして、同時に氷の内側へと閉ざされた。




……リボーンくん。
勝てなかったからお願いの話は白紙にしていいからね。

どうせボンゴレの総力を挙げたって私の願いは叶えられないものだから―――。




鈴音「(音葉鈴音として生を全うしたい、なんて……)」




「………おはよう、神美。やっと、お前に会えた」


っ、………違う!
私は、音葉鈴音。
私は、私は、私は、




鈴音「(むくろ、くん)」




早く、この穴を埋めてくれる〈部品(モノ)〉を見つけなきゃ。


見つけなきゃ、大切な歯車。
この胸にしっかりと収まって回り続ける大事な〈部品(モノ)〉。


早く早く、早く見つけないと、壊れてしまう、私が。


ほら、早く見つけ…ない、と………
早く、見つけないと。




鈴音「(むくろ、くん)」




早く貴方にあって、私の名前を呼んでもらわないと―――。




その躯の名は。




「………捨ててしまえばいいのに」

「………」

「そう思うだろう、舞炎。あんなに苦しむなら……、僕らのことなんか切り捨ててしまえばいいっ…」

「………そうしたら鈴音は今すぐ死ぬけど、世界が浄化できなくなって終わるだろ」

「………そう、だね」

「………。なあ雪乱、」

「なんだい、舞炎」

「鈴音の〈部品(モノ)〉ってさ、」

「……わかってるよ。どれだけかかったって埋まることはないよ、あれは」




背後を振り返った2つの影は一箇所のみを見つめる。
雪の降る世界の中、一箇所だけ朧気に歪み、いびつに見える箇所があった。




「あれはフェイが欠けさせて補った場所・・・・・・・・・・だもの。『覚えてなくていいよ』『思い出す必要はないよ』『君にはいらないよ』って消し去った部分だもの」

「………フェイは何がしたかったんだ」

「鈴音ちゃんに覚えていて欲しくないだけだよ、きっと。


ひどいことをしたフェイ・ストラージアのことなんか、忘れて欲しかったんだ。彼女の心を占めるのは優しくて彼女を想っているフェイ・ストラージアだけでよかったから」




雪乱がいびつな箇所に指を触れると映像が溢れ出す。




「い、いや!やめっ…やめて、っ」

「おとなしくしていてください…!すぐ、終わるから…!」

「や…やだ、よ…!フェイ…!なに、するの……?」

「ごめんなさい…、ごめん、なさい」

「フェイ……?なんで、泣くの。わ、たし、」

「僕は、今から君にひどいことをします……」





涙を流して幼い鈴音を抱きしめるフェイの表情が苦痛に歪むが、鈴音には見えていない。

長く続かなかった幸せだった日々。
長く続くようになった残虐な日々。

これはその途中の出来事だ。


幼い少年の背後にはたくさんの注射が並べられており、今から彼女にそれを注射することが彼に任されたことだった。




「……あっ、……や、…やだ!フェイ、注射嫌っ…!ねぇっ、」

「我慢、してください」

「フェ、イ……?」

「僕だって、こんなことしたくないんだ…!したくなんてっ…!」

「……………っ、………注射、痛いけど、頑張る、ね」

「!!!」

「だいすき、フェイ」

「!!!っ、……〜〜…、っ……!

ゆる、して……ゆるして、鈴音ちゃん…。大人に勝てない僕を……っ、君を傷つける僕を……っ、」

「だいすき、だよ」

「……う……、あ゛……」

「早く終わらせて?……その後、たくさん、甘やかして欲しい、なぁ」

「っ、―――っ…!チクっと……します、よ」





フェイは鈴音がどれだけ痛がっても、暴れても、注射することをやめなかった。
ただ淡々と注射器に入れられた液体を彼女の血管へと注ぎ込み、空にしていくだけ。

自分を見つめる鈴音の瞳からどれだけの涙が流れようとも拭いもせず次々と注射器を手に取り続けた。




「……………」

「がんばった、ね」

「……………」

「……………さようなら、僕の大事な人。………さようなら、鈴音ちゃん…」

「………………ん、…んん……。あ、れ……?貴方、誰?なんで泣いているの…?」

「………おはよう、ございます。貴方が目覚めてくれて嬉しいから泣いてるんです。僕はフェイ・ストラージア。君の恋人、とでも言いましょうかね」





「………埋まらないよ、埋まるわけない。だって鈴音ちゃんの人格はリセットされてるんだから」




ただ従順にファミリーに従うように、反抗的な彼女の性格を、消した。
その罪悪感から鈴音の元を離れられないようにフェイにその役目を押し付けた大人たち。


そして、その現実をなかったことのようにして埋めてしまった狡猾な幻―――…。




「………これだから、会わせるわけには行かないんだよ……〈あの男〉には」

「……この世界に花が咲くことはもうない。誰かに死ぬほど恋焦がれた鈴音ちゃんはもう、どこにもいないんだから」














ねぇお願い、名前を呼んで。
私を―――音葉鈴音を現実につなぎ止めていて。



そうでもしないと、ふわりと引き離されてしまいそうで怖いから。




「………私の元へ来るのです、音葉鈴音。六道骸(哀れな道化)に会わせてあげましょう」

「………―――。」




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