第三章
二十七話





「とりあえず、まずはその面倒な物を消させてもらうぞ」

「う…本当にやる気か」


『我慢せい!』と静那くんを軽く蹴飛ばした小さな男の子―――翠皇くん。
口寄せでもないみたいだし…何なんだろう?


「いっつ……ぐっ!!!」

「ああ、もう、何と面倒な!」

「痛い痛い痛い!!!翠皇、もっと手加減…あ゛ぐ…っ!!!」

「えーい、男がうだうだと!!!」

「ぐ…、う……あぁ゛…っ!!」

「(まさか…呪印を…!!チッ、ドゥもさっきの攻撃で役に立たなさそうね…)」


翠皇くんが触れると同時に首筋に浮き上がる翡翠に光る紋様。
翠皇くんが手を引き上げると同時にズルズルと黒いものが引かれてゆく。


 ズポン…!


「っっ!!!」

「………貴様……真に人間か?」

「…人間以外の何だというんだ」

「正気を保っていたのが可笑しいくらいだ」


黒いものが水に包まれ墨か何かのように分離し消えてゆく。
正気を保っていたのが可笑しいくらいって……そんなに痛みが激しかったの?
まったくそんな素振りはなかったのに………。


「フン…まあ、いいだろう。次からは気を付ける事だな。貴様の体は――「知ってる」――……ならよい」

「翠皇、力を貸せ。守りはいい、自分でやる」

「強引過ぎるぞ、貴様。まあ……嫌いではない」


翠皇くんが水の渦となり静那くんの手へと納まる。
それは刀の形を形成し、冷気を纏う。


「あれは…!」

「ミヒロくん?」

「…ヒナタか。アレを使った静那は動けなくなる。またそれを出すとは何を考えてるんだ…あいつ」


動けなくなるなんて…!!
思わず柵から身を乗り出せば静那くんが此方を見て微笑んだ。
とくん…と胸がはねた次の瞬間、巻き起こった吹雪。
それと共に、風に舞うシャボン玉が―――


 ドン…!!


「「「「「!!」」」」」


―――爆破した。


「静那くん!!!!!」


あの吹雪の中にいたら敵は勿論、彼も助からないだろう。
そんな、なんで…!!!


「今日からアカデミーに入る事になった水無月くんだ。仲良くしてやれよ」

「「「「「はーい」」」」」

「………」



始めは唯無口の子っていうイメージだった。
物静かで笑いもしなくて、人と関わるのを拒絶してるような変わった子。
でも、違った。


「しゃ、シャボン玉…き、綺麗だね…」

「!!」

「あ……その、ごめ「……好きなんだ」…え?」

「シャボン玉。繋がっていられる気がするから…((クス」



とても優しく笑う人で、


「強くなる事に興味はないんだ」

「そう、なの?」

「…ん」

「どうして?」

「大きな力を持つと……人は無闇に使いたがるから、力に興味はない。ただ、心は強く持ちたいと思ってる」



いつも真っ直ぐで、


「……ヒナタ、」

「!、ど、どうしたの…?」

「似てるよ……お前は、」

「え……?」



とても、儚くて遠い人だった。
近くにいるようで、とても遠い。
追いつこうって頑張っても何時まで立っても背中が見えない。
背中どころじゃない、足音も聞こえないの。
『何処にいるの』って言おうとするたびに必ず目の前に現れるんだ。
そして、『ヒナタ』って私の事を呼んでくれる。
『日向ヒナタ』じゃなくて『私』を見てくれる人、なの。


 ヒュォ……ォ…、


吹雪が晴れる。
そこに立っていたのは静那くんでも敵でもなくて―――


「え…?」


―――ハヤテさんのみだった。


 ガキン!!


「「「「「!!」」」」」


金属の交わる音に上を見上げれば刀と輪刀が交わりあっている。
つまり、吹雪の間も空中戦をやっていたって事?


「やりますね、君」

「お前も同じだ」

「ふふふ、変な事を仰る。刃をボロボロにしてくれたくせに」


輪刀の刃は彼の言う通りボロボロになっていた。
それはもう木っ端微塵な有様で……。


「流石神龍ですね」

「はぁ……、そんなのどうでもいいんだが」

「は?」

「地位にも力にも興味はない……ゆっくりのんびり暮らす事、それしか興味ないからさ」


彼は刀を中に放つ。
刀は翠皇くんへと変わり、フィールドに降り立った。


「もうバテたのか?」

「ふぁ〜……もういいかなって思って」

「それは降参と言う事ですか?」

「ああ、違う。そうじゃなくて、」


 ふわり、


「!!」

「―――水遁、泡沫の術……まあ、基本の話しだけどな」


 パパン、パパパパン!!!


「ああ、言うの忘れてたな。それ、俺が作ったオリジナルの技だから危ないぞ」

「もう遅いわ、阿呆」


敵が大爆破に巻き込まれているというのに彼は悠々と上に上がってくる。
勝利は確定――でも、殺してはいけないルールだというのに…どうして?


「どうして…、」

「安心しろ、ヒナタ。殺してない……あれは唯の―――」

「…ヒック……、うう…」


 バタン、


「え…?」

「―――酒が吹きかかっただけだ」


あれは静那くんの技『聖水気弾』というものらしい。
つまり、中身はお酒に似た液体。
攻撃要素はまったくなく基本的に酔っ払わせるだけだという。
な、なんだ……よかった…。


「あ…、」

「ほーう、間近で見れば真によく似ておる」

「翠皇、近い」

「ぐえ…何をするか阿呆!!!」


襟元を掴んで私から彼を遠ざけた静那くんが此方を見て微笑む。
どくんどくん、早くなる鼓動に気付かない振りをして真っ直ぐに彼の瞳を見る。
試合開始前と同じ様な綺麗で澄んだ瞳にまっすぐ射抜かれた。


「名前、呼んでくれたな」

「え…?」

「大きな声で、さっき」

「!!!」


そういえば吹雪が起こった時に、私…!!


「嬉しかった」


そっと頬に伸ばされた手の平。
触れられている場所が熱を持つ。
じんじんと熱くて、頭がくらくらする。
ああ……倒れてしまいそうだなって思った時に―――


 ちゅ、


「へ…?」

「あ…、」

「わぁ…!」

「きゃーっ!!」

「うそ――!!?」


―――耳元でリップ音がした。


「え、あ…え?//」

「?、翠皇…俺、何か間違ったか?」

「…阿呆」

「???」


 ボフン!!!


「ヒナタ…?!」


ああ……私、


「ど、どうしたんだ」

「お前、やっぱ一人称変わって性格ちょっと凛々しくなっても何も変わってねェのな」

「???」


やっぱり、彼の事…好きだなぁ。
でも、やっぱり恥ずかしいよ…!!




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