魅入られた、とでも言えばいいのだろうか。
市姫様はお綺麗な方で、伏せ目がちの濡れた漆黒の瞳と桜色に色づくふっくらとした小さな唇。
小さなお顔に、少し重い印象を与える漆黒の長い艶のある髪。
何をとっても彼女は美しかった。
「……?…お、れ…は…」
「お目覚めですか?」
「!!……、ッ」
ガバッと布団から起き上がったそのお方の首元に双頭が添えられる。
―――動けば切る。
そう言わんばかりのわたしの目線に彼は動きを止めるとそっとその場に座った。
助けはしたが信用はしていないのだから、これは致し方ないこと。
心中で申し訳ございません≠ニ謝りながら自身を下ろし横に置く。
「………。
えーっと、さ。俺の記憶が間違ってなければアンタって俺を助けたヤツだよね?」
「…ええ。お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「俺は加州清光。アンタは?」
「わたしは名前と申します。これはお返ししておきますね」
そういって刀を差し出せば彼は何か言いたげにわたしを見つめ刀を手にとられた。
刀身を確かめ綺麗さっぱり直っていることに口元を緩めると、刀身を鞘に収める。
一連の動作が板についておりやはりこの方はそうなのだろうな≠ニ一人思った。
本日刀が出来上がったらしく婆娑羅屋の主人の元へ行ってきたのだが、そこで性能はいいがそんなに扱いにくそうな刀どこで手に入れたんだい?≠ニ問われたのだ。
確かに薙刀であるわたしの目からしてもそれは少し扱いにくそうに見えて、これを扱える優秀な方はどんな方なのだろうと思ったのも記憶に新しい。
「…………加州殿、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……なに」
「貴方様は、人では……ない、ですよね…?」
「……………だったら?」
「嬉しゅうございます!」
「―――は?」
「加州殿の本体はその刀なのでございましょう?わたしの本体はこちらの薙刀なのです」
「はぁあ!?じゃあアンタも俺らと同じ≠チてこと?」
その言葉に首を傾げていれば加州殿は細々と説明してくれた。
自分たちを刀剣男士として蘇らせている審神者≠ニ呼ばれる主のこと。
自分たちが今戦っている歴史修正主義者≠フこと。
他にも仲間がいて基本的には本丸≠ニ呼ばれる屋敷で過ごしていること。
「それで、俺さ……本当は破壊されてたはずなんだよね。検非違使≠チて奴らに」
「検非違使=c…?」
「そ。桁違いにレベルが違う奴らのこと」
「れべる………ですか」
南蛮語はわかりませんがれべる≠ニは強さ≠フことで間違いないでしょうか?
加州殿はところどころに南蛮語を取り入れてくるため理解するのに少々時間がかかりそうです。
「ま、とりあえず助けてくれてありがとね。これで主のとこ戻れる。
………って言いたいんだけど、ボロ負けした俺のこと、まだ愛してくれるかな……」
かすかに漏れたつぶやきに些か同意してしまう。
もしわたしが大敗を喫したとして、そのとき市姫様はわたしを必要として下さるだろうか。
今までと同じように接してくださるだろうか。
考えても仕方のない不安がこみ上げてきて、ゆるりと頭(こうべ)を振る。
今はそんなことよりも加州殿をどうするか決めなければ。
「加州殿。貴方様の主様は審神者≠ニ呼ばれるお方なのですよね?」
「そうだけど」
「残念ながら……、その。この時代に、そのような話を聞いたことはございません」
「どういうことだよ」
「加州殿のおっしゃられることが真であるならば………この時代はとうに終わっておりまする」
「終わってる、だって?」
「ここは戦国。関ヶ原の合戦前でございます」
「………うそ、だろ…」