※有名フレンチレストランの跡取り息子主。



数年前の冬。
厨房に籠っていた僕は父さんに家から放り出されて日本行きのチケットを突きつけられた。
受験して来いと言われるがままに學園を受験し、結局今年までグダグダと進級してしまった僕は―――。




「じゃー手短に二言三言だけ…。えっと…幸平創真っていいます。この学園のことは正直踏み台としか思ってないです。思いがけず編入することになったんすけど、客の前に立ったこともない連中に負けるつもりはないっす。入ったからには



てっぺん獲るんで。


3年間よろしくお願いしまーす」




何故か1人だけだった編入生に宣戦布告されていた。
僕はあんなことできないですよ、やれませんよ、勿論。
あんな人にやじうま飛ばすこともできませんよ、小心者ですよ、結局。
ええ、そうですとも。




「ううう」

「君も落ち込んでるんですか?僕も絶賛落ち込み中です……」




椅子に座って呻いているのは絶賛落第ギリギリなクラスメイト、田所恵さん。
中等部の3年間でようやっとまともにしゃべれるようになった人の中の1人です。
……なった人の中の、なんて言いましたけど実際彼女以外にまともにしゃべれる人なんていませんけどね。




「うう、名前くん……。もうやだ…絶対私が捨石一等賞だよ…。なんとか高等部に上がれたのに」

「僕ら落第ギリギリですからね」

「もっと危機感持とう?!冷静すぎるよ…!」

「悪目立ちせずに平穏に行きましょう。特にあの編入生なんかに関わってはいけません」

「う、うん、だよね!よし…あの編入生には絶対近づかないようにしよう!」




―――――――――――――――


―――――――――――


――――




「よし、クジのとおり二人組に分かれたな?苗字は……又1人か」

「……あまりですから……」




うちのクラスが奇数なのが悪いんですよ。
まぁ僕は1人の方がいいんですけどね。
一緒に組んで行うなんて考えたくもない。




「ではこのペアで調理を行ってもらう」

「(うああああん)」




メグミの泣き声が聞こえてくるような気がしてきた。
メグミは関わり合わないと決めた瞬間から転入生とペアになってしまったのだから不幸としか言いようがない。
救いを求めるような視線を送られても僕は所詮1人ですから助けられませんよ。



料理着に着替えて調理室に向かった。
授業以外で料理するのが家庭科の調理実習以外だ、と言っている転入生は周りの視線に気づいているんですかね…。
メグミは相変わらず親の敵のように人≠フ字を飲み込んでますし……。




「俺は幸平創真!創真でいいよ、よろしくなー」

「は、はぁ…
(周りの視線が刺さるよ…。助けて名前くーん…!)」




ごめん、メグミ。
僕のところからは遠すぎる。




「注目――。」




コツコツ。
靴の音が響く。
現れたのは遠月学園の講師でフランス料理部門の主任であるローラン・シャペル先生でした。
彼は父とも知り合いのようで幼い頃からの知り合いなので普通に話せる人です。

初日の授業が彼で良かった……。




「おはよう、若き見習い(アブランティ)たちよ。厨房に立った瞬間から美味なるものを作る責任は始まる。それには経験も立場も関わりはない…。
私の授業ではA≠獲れない品は全てE≠ニみなす。覚えておくがいい」




あ、やっぱり……?




「本日のメニューはブッフ・ブルギニョン(牛肉の煮込みブルゴーニュ風)=Bフレンチの定番といえる品だが一応レシピを白板に記しておく。制限時間は2時間!完成した組から申し出なさい。では…始めるとしよう。



―――Commencez á cuire.(調理開始)」




ブッフ・ブルギニョン=B
フランス、ブルゴーニュ地方の郷土料理で父さんがよく作ってくれたのを覚えていますよ、ええ。
赤ワインはその地方のものを使うと格別だと父が言っていたが本当なんですかね。
僕は一度もその地方のもので作ったことがない―――というか使わせてもらえなかった―――ですけど。




「完成しました」

「早かったな」

「手間取る必要がわかりませんよ……。こんなの普通に作ってましたし」

「フランス出身ならではか」

「さぁどうなんでしょうね」




そこのところは分かりかねます。
通常より早く出来上がったのは少しハチミツを織り交ぜたからですし、ハチミツの効果は幼い頃父さんに習ったんですよね。

ハチミツにはタンパク質分解酵素プロテアーゼ≠ェ含まれているからそれが作用すると短時間で柔らかく仕上げることができる=\――と。

父さん様々です。




「ではいただくとしよう」

「Bon appétit(召し上がれ)!」

「―――……………ふむ。苗字名前、評価Aを与えよう」

「Merci」

「片付けを始めていい」

「分かりました」




いつも通り誰に気づかれることもなく調理を追え、評価をもらった。
ああ、なんで評価Aがもらえたかといえば先生が僕のことを理解しているからです。
前にも食べさせたことありますし、その時は目の前で調理させられましたし。


…………ああ、あれは一種のトラウマかも……。




「―――ん?メグミたちは何を………」




鍋の蓋はまだ開ける時間ではないはずですけど。
そろそろと近づいて中を覗き込んでみれば肉の上に白い何かが散らばっているではないか。


あれはまさか。




「……塩だ!」

「な…!なんで…!?ど、どうしようどうしよう!」




あの肉はもう使い物にならないし、作り直しになるでしょうね。
肉を柔らかくして味がしみるまで1時間以上。
そのあとソースとなじませるのに30分は煮込みが必要。


残り時間は―――30分。




「(うわああんもうダメだべ―――!!)」




▼ メグミの 焦りようが 目に 見えるようだ 。


メグミが焦っている中1人予備の食材をもらいに行った転入生が袖をまくる。
何らかの秘策があるようです、ね。




「さ、やろーかね」

「え…え?創真くん、でも、もう間に合いっこねぇべし…」

「あの先生はなかなかいいことを言うね。俺らは学生である前に料理人≠ネんだよな。



―――料理はなにがなんでも出す!!手伝えっ」




やる気、ですね。
手にしていたハチミツ―――直すところだったんですけど、まぁいいでしょう―――を転入生の目の前に突き出せば、彼はニィと笑みを浮かべた。

……どうやら、使い方を知っているようですね。




「ありがとよ。えっと」

「………………苗字名前(ボソ」

「ん、んんん?」

「名前くんってば……。あ、あのね創真くん。この人は苗字名前くんって言って、人見知りが激しい人なの」

「ふ――ん。ま、よろしくな錦辺」

「………ん」




その料理人は笑わない




その後2人はA評価をもらっていましたけど、先生が笑った上にAより上を与える権限を持ち合わせていないことが残念でならない≠ニまで言わせたんですから上等ですよね。




「あ………」




教室に戻る途中別棟の廊下を横切る彼女を見つけた。
どうして彼女に想いを抱いたのか、僕は忘れない。
あれは彼女も覚えていない昔のことでしょうけど、僕にとっては一生忘れられないほどの思い出になったのですから。




「―――おいしい!」




小さい頃父親に連れられて一度だけ訪れたあの屋敷で僕と彼女が出会ったことなど……忘れているでしょうから。















苗字 名前

◇遠月茶寮學園高等部1年
・中等部からの持ち上がり。
・郁魅が好きだが彼女には認識すらされていない。

◇フランス料理店『ル・ショコラ』の跡取り息子。
・父親(ブノワ・オーディアール)はフランス人の料理人(遠月卒業生)で、母親(苗字小実)は日本人パティシエ。
・料理もお菓子作りもうまいが本人の性格が災いして周囲に知られていない。

◇幼い頃から厨房に引きこもっていて人と慣れ親しむ機会がなかったため人見知りで引っ込み思案に。
・ただし寝起きと郁魅を肉魅と呼ぶ人間には容赦がない。
・人前で料理をするなんてとんでもない!
・こそこそ隠れて料理をするから先生たちの評価が常に低く、恵にも負けないほど中等部の成績が悪かった。

◇フランス人と日本人のハーフ。
・茶金の髪に、蒼い目を持つ。
・容姿が綺麗だからかそれなりに人気はあるが本人が怯えている上に、郁魅に片思い中なのでほかに興味なし。
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