※過負荷主。(一応過負荷説明が最下部に)



私と彼が出会ったのはもう彼此何年前になるだろうか。初めてはあの病院で出会ったような気がするのだけど、でもそれは確かな出会いではないので計算に入れないことにする。
彼と次に出会った私はあの強烈な過負荷(オーラ)に飲まれそうになってついその場の勢い(まぁつまりやっつけで)彼に飛びついてそのままスキルを乗せたキス(人への発動条件が厳しいのが難点)を喰らわせた。―――まぁそこまでは上手くいってたはずなんだ。
だって私の過負荷(スキル)はそういうものなんだから。
彼は私のスキルを喰らってこのまま行けば全ての力にロックがかかってぶっ倒れてくれるだろうと思って私はつい気を抜いてしまった。

つまりは油断してしまった。

その一瞬、―――一瞬のこと。




「僕と、付き合ってくださいっ」

「、」




その時は精神的におかしくなったのだと思っていた。
あるいは抑制がうまく働かなかったかどちらか。
相手にするものか、と無視して立ち去ろうとすれば彼は急に泣きそうな顔になって「僕にしては真剣なんだよ!?話を聞いて!」と追いすがって来たのだ。
その時は今までだってそんなことをしてきた人間も多々いたな……なんて思いながら興味もなく振り払ってからそのまま無視して歩き出した。
うまく発動しなかったことなんてざらだしこれはもう放置しかない。
そう思ったけど彼は諦めなくてそれでも尚私に追い縋ってきた。


流石にしつこいと思って口を開こうとした瞬間―――。




「『僕は本気なんだよ』『初めてであんな情熱的なキスをくれた君を』『好きになってしまったんだ』」

「は?」

「『〈虚構にした(なかったことにした)〉のが惜しまれるくらい君の唇は柔らかかったぜ』」




放心。ただただ放心。彼の様子はいたって平常。私はただ彼の顔を見つめることしかできなかった。














     *     *     *














「『な、名前ちゃん!』『大変だよ大変だよ!』」

「どうしたの?


って!禊ちゃんっ!?」

「『どっかの漫画のごとく』『ペンキかぶっちゃった』『失敗失敗☆』
『これはスケット団』『つまりは』『うちで言うところの生徒会に相談しなきゃかな』」

「もー!そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。シャワー浴びてきて!ペンキ臭いよ!」

「『ひ、ひどいっ』『名前ちゃん』『僕は君に助けてもらいたかったのにっ』」

「!
みっ、禊ちゃん!ご、ご、ごめんなさいっ!!私、気づけなくて…!洗ってあげるから早くシャワー室行こ」

「『わーい!』『名前ちゃんと一緒にお風呂ー』」




何やってんだかあの人たちは。


生徒会室でやっすい芝居を繰り広げる2人。
仮想恋愛中のバカップルが今日もまた生徒会室を煩くする。
球磨川が転校してきた後日江迎と共にやって来た先輩(一応中高合わせての先輩だがまさか過負荷だとは思いもしなかった)は戦いが終わった後、よく生徒会室に入り浸るようになった。
きっと球磨川が副会長になったのが大きな原因だとは思う。




「ははは、愛も変わらず仲がいいなあの2人は」

「、
(まぁめだかちゃんもイヤじゃないみたいだし、いいか)」




っていうか〈愛も変わらず〉って〈相も変わらず〉にかけてんのか?
うまいこと言ってんじゃねーよめだかちゃん!!
確かに変わってないけど付け上がるから言っちゃダメだろ?














     *     *     *














「入るよー禊ちゃ――ん」




名前ちゃんの声がしてシャワー室の扉が開く。


わ――い、名前ちゃんとお風呂なんて嬉しいなぁ!僕ワクワクしてきちゃった!


喜んで扉の方を振り向いたんだけど―――、そりゃないぜ名前ちゃん。
似合ってない、なんてことはない。
けど男の純情を弄んだ罪は重いと思うんだ。
彼女の(残念ながらぺったんこの)胸元にふわりと陣取る白のリボンと腰で揺れるフリルが憎たらしい。




「『水着も嫌いじゃないけど』『裸エプロンのが好みかなぁ…』」

「言うと思ったよ禊ちゃん。相も変わらず気持ち悪いなぁ、もうっ//」

「『そんなつれないこと言いながらも』『脱いでくれる名前ちゃんって』『ほんといい子だよね!』」




ふわりと揺れる白のエプロンを纏った名前ちゃんに飛び付きたい衝動を押さえる。
こんな滑りやすそうな場所で場所で飛び付いたら僕なんかすーぐに転んですってんころりんで頭打って死にかねないしね!―――とは、思うんだけど。
やっぱりそこに飛び付かないのは失礼だよね。
据え膳食わぬは男の恥じ、って言うし。



それじゃあ―――、




「『遠慮なく』『飛び込ませてもら』………あっ。」

「き、きゃぁぁあ!?みっ、禊ちゃん!!?」

「『えー、何これ。』『流石の僕でもこれは驚きだ』『漫画みたいに排水溝から水が襲ってかるなんてー!』」




そんなことを言っている間にも僕は引きずり込まれて、最後に見たのは泣きそうな顔の、まるで母親と引き離されたあとの子供のような、迷子になって泣く寸前の子供のような、今にも泣きそうな表情の名前ちゃんだった。

あーぁ、僕って最低だなぁ。
彼女の事を折角笑顔に出来たと思ったのに。
僕がいるところでは何も抑え込まなくても良いんだよっていってあげたかったのに。




「ごめんね、」














「謝るなら、連れていってよ禊ちゃんのばかっ」














え。



腰の辺りに巻き付いている腕に目を瞬かせる。
けど事実は何も変わらない。



―――名前ちゃんが、此処にいる。




「『どうなっても知らないぜ』」

「貴方に会った時点で、この、苗字名前の人生は狂ってるんだよ?ご安心を、なーんて!」

「『なんだってー!?』『僕にあった時点で狂っているなんてそんな酷いことをさらっと!』『酷いなあ君は』」

「禊ちゃん。禊ちゃん。禊ちゃん。禊ちゃん。禊ちゃん。」

「『な・あ・に』」

「私のこと、もう置いていかないで」




縋り付くような彼女の頭をそっと撫でて。
少しだけ過去のことを思い出した。



あの日僕は普通に散歩をしていた。
そう、ただの気まぐれで。
休日にも関わらず箱舟中学の制服を着込んで散歩に出かけた僕が気まぐれで寄ったのが1つの公園。
そこには同じ中学の制服(この場合は女子制服)を着込んだ少女がいた。
珍しいなあ!なんて思いながら声をかけようと思ったら彼女の方から振り向いたもんで声をかけようとした瞬間、―――柔らかい唇が僕の唇を塞いだ。
僕って役得!なんて思ってたのも束の間で彼女の過負荷(スキル)によって僕の体に異変が起こったのはその直後。
何も出来なくなる中で〈大嘘憑き〉を発動させてキスから何まで虚構(なかったこと)にしてぐっと彼女の手を取った。


こんな出会いは初めてで、本気の本気で、こんなにも胸が高鳴ったことはなかった。




「僕と、付き合ってくださいっ」

「、」




もちろん〈彼女〉のことも本気で好きだった。
けど僕は自他共に認める惚れっぽさがあるから彼女のことだって好きになってしまった。
これは冗談抜きで本当。
引きとめようとしていれば彼女は僕の腕を振り払って去っていこうとするから必死に声を上げた。




「『ああ、まってまって!』『僕にしては真剣なんだよ!?』『話を聞いて!』
『僕は本気なんだよ』『初めてであんな情熱的なキスをくれた君を』『好きになってしまったんだ』」

「は?」

「『無かったことにしたのが惜しまれるくらい君の唇は柔らかかったぜ』」




彼女はしばらく放心してそれから大きな瞳を瞬かせて唇を震わせた。
ああ、怖がらせちゃったかな…なんて思っていたら涙を流すものだから今度は僕のほうが放心する番だった。
泣かせるようなことをした覚えはない―――いや、したけど。




「『まいったなあ』『僕は女の子の涙に弱い』『…かもしれないのに』」

「う、ううう」

「『うーん』
『ああ、そうだ』『告白はしたけど』『僕は名乗っていなかったね!』」

「…?」

「『僕は』『球磨川禊』『ああ、でも』『知ってるかな』『だって僕はリコールされたばっかりだし』」

「…………、私、は」

「『んっ?』」

「………、名前。苗字…名前」




名前を名乗った彼女はにっこり笑ってくれた。
それはまだ垢抜けない子供のようだったけど、後に理由を知ればそれも仕方ないと思うくらいの可愛い笑顔。




「『それじゃあ名前ちゃん』『僕とお付き合いしてくださいっ』」

「………。
んーと。喜んでお付合いします、禊ちゃん!」

「『え、いいの!?』『ホントのホントに!?』『冗談ではなく!?』」

「?うんっ」

「『わーい!』『僕恋人ができたのって初めて』『嬉しいなあ』
『それじゃあ過負荷(ぼくら)なりに不幸せ(しあわせ)になろうね』『名前ちゃん』」




彼女は知らない。
好きも、嫌いも、愛してるも、全部。
―――だって与えられなかったから。


だから僕らは付き合っているようで付き合っていない仮想の恋人。
だからこその仮想恋愛。
ほら、とても虚しくてとても過負荷らしいだろ。
でも過負荷だからって少しの幸せも知らないなんてそんなの可哀想じゃあないか。



……だからいくらだって僕を利用してくれて構わないんだよ、名前ちゃん。
君が幸せを掴むまで僕に縋っていればいい。





「『ねえねえ名前ちゃん!』『君に伝えたいことがあるんだ!』」

「なあに、禊ちゃん」

「『愛してるぜ』『僕だけの名前ちゃん』」

「!
私も禊ちゃん大好きっ//」




今、その好きが例えるならば母親に抱くような父親に抱くような、家族に抱くような、そんな親愛感情であったとしてもそれでも構わない。
どうせ彼女が〈好き〉を知ることはないから。
彼女が〈嫌い〉を知ることもないから。




「まさか球磨川くんがあのコと一緒にいるとは思わなかったわ」

「『あのコ?』『……あっ』『まさか名前ちゃんのことですか?人吉先生』」

「ええ。キミまさか彼女の鍵を全部とっぱらったりなんかしてないわよね」

「『してたら?』」

「あのコをキミから引き離すしかないわね」

「『そんなひどい!』『僕はそんなこと一切してませんよ人吉先生』『だって彼女は僕の愛しい彼女ですから』」

「………そう」





彼女が自分を守り続ける限り、僕らが本物の恋人になることなんてないのだから。




「だから僕が我慢できる内に早く信用してくれよ、名前ちゃん」

「?うんっ」

















AB型。高校3年生。

◆球磨川と一緒に転校してきた3年マイナス13組の人間。
└球磨川とは仮想恋愛中の関係らしく至って従順。

◆幼少時親に全く構われず育ち飲まず食わずで生活していた所を瞳に救われたが時すでに遅し。
└過負荷らしい最もな成長を遂げていましたとさ。
└その後両親は離婚しどちらも引き取る気がなく施設へと引き渡された後そこでも迫害を受け今のように育った。


※暴鋭機制(ディフェンス・メカニズム)

全ての物を抑制し抑圧し押さえ込むスキル。
因果率にまで及び彼女の死まで抑制することも出来る様子。
ただし死なないだけなので球磨川のように復活はしない。
瀕死を負えばそれなりの期間療養が必要。

彼女はこの過負荷があったが為に飲まず食わずで生きてこれた。
体の全ての機能を抑制し抑圧し押さえ込み機能させずただひたすら何もせず何もさせず生きてきた。

ある意味極限の力。
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