秀吉様の小姓として大阪城で働き始めて数日が経過した。
あの時のお武家様に似た半兵衛様ともお会いしたが助けた記憶がないと言う。
余り詳しく話す事も憚られる話なので言いはしなかったが、あの時のお武家様に出来るならばお会いしたいものだ。
勿論、敵ではなく仲間として―――…。
「ふう……」
秀吉様も半兵衛様もお二人とも偉大で尊敬出来る方だ。
私はあのお二人に付いて行こうと決めた。
それでもあの時の御方が脳裏に霞め、完全に決意する事が出来ない。
確かにこの場に私がいるのは秀吉様のお陰だ。
だが、もしあの時助けていただいていなければ私はこの場になかっただろう。
「………。」
書類を持ち、歩きながら思い出す。
小姓として取り立てられる事が決まったあの日、私は周りの奴らから〈どんな手を使ったのだ!〉と責められたのだ。
〈もしかしてあの日の武家に体を売ったんじゃないのか〉〈あの武家も馬鹿だな〉等と言う奴がいて、私の中で何かが切れた。
はっとした時には拳がじんじん痛んで赤くなっていて、じわりと視界が滲み、〈佐吉〉と優しげな声で和尚様に呼ばれぽろぽろと涙を溢れさせたのを覚えている。
それほどまでに、悔しく、苦しく、辛かったのだ。
やはり、私はあのお武家様の事が忘れられていないらしい。
どんっ!
「!
も、申し訳…「あ、佐吉君だよね?」!!!」
聞いた事のある声音だ。
顔を上げればそこにいたのは小さな微笑を浮かべるあの日のお武家様だった。
震える声ではい、と小さく頷けば久しぶり、と微笑まれる。
あの日―――入城した日より二週間以上は経過しているというのに何故出会わなかったのだろうか。
嗚呼、そう言えばまだお礼を言っていなかった。
「お武家様、あの日は助けて頂き有難う御座いました。お陰で今、私は此処に在れます」
「いや、君は僕なんかの助けなんかなくたって此処に来ていたよ」
「え?」
「君は優秀だ。豊臣の未来に必要な人間になるだろうしね」
「!!
未来に………」
「そう、未来だよ」
ぽんぽんと私の頭を下げて腕の中から書類を持ち去って行かれる。
嗚呼…、その書類は秀吉様から預かった政の……!
「へぇ…政に割く予算が増えたんだね…じゃあ、少しは城下も栄えたと言う事かな?僕のやってる事も無駄にはなってないみたいだ」
「!」
「佐吉、この書類の束を大阪の政を行っている名前と言う文官に届けて欲しい」
「名前……さま…?」
「嗚呼、ごめんね、自己紹介がまだだった。初めましてじゃないけど初めまして。竹中名前です、よろしくね。
兄さんがいるけど、もう会ったかな?半兵衛って言うんだけど…」
「はい、お会いしました」
「そう。
嗚呼、そうだ、僕は主に大阪の政をやってるんだ。良かったら今度一緒に市中見廻りに行こうか」
「!
よろしいのですか?」
「うん、一緒に行こう。じゃあ、明後日の巳の刻、門前で待っているよ」
「はいッ!!
…はっ!秀吉様に許可を頂いてまいります!!」
頭を下げ少し早足で秀吉様の下へ。
嗚呼、嗚呼、明後日が待ち遠しくてしょうがない。
* * *
「さてと……ここから彼をどう育て上げようかな」
「君という妹は……。
彼をどうする気だい?紫の上にでもするつもりじゃないだろうね」
「っぷ、あはは!名づけて〈逆光源氏計画〉…、かしら?」
「やめてくれ。頭が痛いよ」
「大丈夫よ、兄さん。私は彼にそんな心は抱いていないから。」
だってあの子は私の愛した彼ではないのだもの。