※半兵衛妹(1歳下)



ゆっくりと湯飲みを机の上へ置く。
僕は久しぶりに取れた休暇の使い方を完全に持て余していた。
こうして自分が休んでいる間も国主である親友も軍師である兄も働き詰めだと言うのに………。




「はぁ……」




休むと言ってもまともな休み方は知らないし、昔の様に破目を外せるほど低い地位についている覚えはない。
寝て今日を終えてしまおうかとは思ったものの、それでは習慣が乱れて翌日に悪影響が出るだろう。
それだけはどうしても避けたい事態だ。




「どうしたものか…」




昨日、溜まりに溜まった書類を全て片付けて兄さんに持って行ったまではよかった。
だが〈君は明日一日休むことだ〉と無理矢理休暇を押し付けられたのが始まりだったりする。
こんな事なら無理を言ってでも仕事をもらえばよかったかな…。




「(…文官探しでもしようかな…)


御代はここにおいて置くよ」

「ありがとうございました!」




先日部下の一人が年老いたことを理由に辞めてしまったので新しい人材を入れなければならない事を思い出し立ち上がる。
しかし今すぐ文官にと押せるような人材がいないものまた事実…。
僕の部下ともなれば政に秀でていて仕事が早くなければならない。
大阪は商いの栄える街、それは何れ天下を取るであろう秀吉のものだ。


強く、豊かな国にしなくては―………。


あ、そういえば秀吉も小姓を探してるって言ってたっけ…。
文官探しついでに探そうかな、そうしよう。




「…っと、考え事をしているとどうも駄目だね、此処はどこだろう?」




随分城下から外れた場所に来てしまったようだ。
茶屋から出る時、大阪城とは反対の方向に足を向けてしまったのかな?
…これを兄さんに話したら哂われるね、間違いなく。
ふう…と溜息をついた時聞こえて来たゴーン…という鐘の音が響いた。




「ああ、近くにお寺があるんだね…」




そうだ、少し話しを聞いて見るのも悪くないかな。
お寺の子だろうが何だろうが秀吉の国の民である事に変わりはないのだから。
ゆっくりとお堂に近づこうとすれば小さく開かれた小さな小屋の扉から何やらくぐもった声が聞こえてくる。


ああ…、これは…。




「は…せ…っ!」

「だま…て…!」

「や…ろ…ッ」



「………やれやれ」




嫌がっているようだね。
秀吉の民だし、助けないわけには行かないかな…。




コンコン




「「!!」」

「お楽しみ中悪いけれど、無理矢理はないんじゃないかな?」

「誰だ!?」

「君に名乗る名はないよ。さ…立つといい」




少し肌蹴た質素な紫の着物を整えてやり、立たせてやった。
何も信じていない様な金の混じった緑の瞳が此方を見上げる。
そっと手を握ってやれば彼はビクッと肩を跳ねさせ怯えたように此方を見上げ、小さく息をつく。

大丈夫だよ、という風に微笑みかけ小屋を出れば煩い声が耳に届いた。




「待て!!そいつをどこに連れて行く気だ!」

「僕が何をしようと君には関係のないはずだけれど?ああ、勿論君が何をしようと僕には関係ないよ。だから、精々そこで吠えているといい。きっとそれがお似合いだ」

「な…!貴様…ッ!!」




背後で叫ぶ子供を無視して少年をお寺の方へ連れて行けば和尚が佐吉!、と声を上げ駆けて来る。
ああ、どうやらこのお寺に預けられてる子で間違いないみたいだね。




「和尚様…」

「おお、良かった佐吉。もしや、貴方様が助けてくださったのですか?」

「通りかかったついでです。
……君は、佐吉君と言うんだね?」

「…はい」

「そう」

「佐吉、中に入っていなさい」

「あ、でも。


…………分かりました、和尚様」




たたっと駆けて行ったその背を見送っていると和尚がぽつりと話しだす。




「佐吉は優秀です。勉学は常に誰よりも先を行き、武も優れています」

「へえ…」

「後は茶を入れるのが上手でして。性格に難はありますが、素直で嘘をつかない実直な子ですよ」

「ふむ…」

「ああ、ところでお礼をしたいのですが…」




その提案に首を振って断ったが和尚はそれを受け入れなかった。
頑なにお礼をするという意思を変えない和尚に結局僕が折れるしかなくなってしまう。
だけど、お寺からお礼を貰うと言っても………、ああ、そうだ。




「じゃあ、お礼はまた今度貰いに来ます」

「今度?」

「物はいりません。ですが、少し相談してからではないと貰えないものなので後日でいいですか?」

「はい、勿論。お礼をさせていただけるのなら…」

「では、また後日伺わせていただきます」














     *     *     *














「………。」




助けてくださったお武家様が去って行く。
お礼を…言えなかった。
名前も、聞けなかった…。




「戻ってきたのかよあいつ…」

「今頃滅茶苦茶にされてるはずじゃなかったのか?」

「通りかかった武家が助けたんだと」

「何で助けるんだよ」




何時もの嫌味も、今はどうでも良かった。




「僕が何をしようと君には関係のないはずだけれど?ああ、勿論君が何をしようと僕には関係ないよ。だから、精々そこで吠えているといい。きっとそれがお似合いだ」




そうだ、あの人の言う通りだ。
私がどのような姿をしていようが、誰にも関係はない。
勿論、私以外の誰かがどのような姿をしていようが関係はない。


言いたい奴には………言わせておけばいいのだ。




「(………お武家様………、また、会えるだろうか)」














貴方が私を認識したことから始まった物語














「兄さん!」




スパンッ!!




「!!
……、名前…君にしては荒々しい襖の開け方だね…」

「ああ、これは襖に申し訳ないことをしてしまったね……。

っと、そうじゃなくて!優秀な人材を見つけたんだよ、兄さん。秀吉の小姓に取り立てたいんだ」

「秀吉の?」

「見つけてたんでしょ?学にも通じて武にも通じてる。性格に多少難はあるみたいだけど、実直でいい子らしい」

「何処にいるんだい?」

「お寺」

「……勿論取り立てて「ないよ」……君と言う子は…、…………そういえば、休みをあげたはずじゃなかったかな?」

「休みついでにね」

「…まったく…。じゃあ案内してくれるかな?今度秀吉と共に行ってみるから」




そうして、後日、佐吉君が秀吉の小姓として大阪城へ迎えられたのだった。
何か三献茶がどうの〜と兄さんが喜んでたけど…何だったんだろうね?
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