※煌帝国軍医が病で亡くなって、転生。
※凶王の嫁。
死ぬのだ。
そう理解すれば死など怖くなくて、私はゆっくりと現実を受け入れ始めた。
死の受容は私を次の段階へと押し上げ、弟子へと全てを継ぐ用意をしたりと忙しい日々をすごした。
この人生は私にとってとても大事なものになる、そう思いながら―……。
「名前殿、」
「こうめい、さま」
「………今まで、有難う御座いました」
おやめください、紅明様。
私の主たる貴方様が配下に頭を下げられてはなりません。
「ごはんは、まいにち、おたべになって、…くだ、さいね、」
「貴方はこんな時までそれですか、」
がりがりと後頭部を掻く。
その所為で纏められた髪がぶわっと広がり鳥の巣の様になってしまった。
ふふ、貴方様のそのお姿を見るのもこれで最後ですね。
「こう、めいさま。」
「はい」
「…、…、……、……、」
「!!」
* * *
パァッ…とあたりが明るくなった。
朝日が差し込む中その女性は目を閉じ、ゆっくりと息を引き取る。
「名前、殿」
「が、ん、ばっ、て…、」
分かりました。
貴方の言うとおり頑張ります。
でも、きっとその言葉には無理はするなと言葉が付属されていたのでしょう。
「〈無理をしないように頑張って〉―――、それが貴方の口癖でしたね」
朝日に照らされるその顔に白い布をかけて部屋を出た。
* * *
「名前姫様ーっ!」
そう呼ばれ慣れないのは当たり前であって、そう呼ばれたくないのは私の本心であって、誰か私を呼び捨てで呼んでくれる人が現れないかと、誰か私を本当の意味で必要としてくれる人が現れないかと何度望んだこととだろう。
あの国で亡くなって、迎えた二度目の生は日ノ本という向こうでは聞かなかった国で生まれた。
再び名前という名を与えられ、昔と同じ蔡という苗字の大国へと産み落とされた私はなんの病気に犯されることもなくすくすくと育って現在17歳となりました。
色々な場所から婚姻話は来ているのですが、正直気が乗らず蹴っていたらこんな年齢に。
蹴っている理由はその方々が母様の美貌を受け継いだ私を娶りたいと顔に書いたような方々ばかりなんですもの。
そのような方には嫁げません。
…おっと、そういえば女中さんが何かを話に来ていましたね。
「なんですか?」
「婚姻話が、来ております」
「…どうせ、また俗っぽい方でしょう?私は今、畑が忙しいのです!」
「う、うう…逞しくお育ちになられて…!!」
普通姫君がそのようなこと…!!と言うのが常識でしょうが、関係ありません。
此処の方々は何処かずれていらっしゃるので。
「父様や母様には悪いですが、お断りしますと伝えてください」
「ですが、よろしいのですか?」
「何故?」
「豊臣の右腕、竹中様からの申し出だとか」
豊臣の、右腕?
つまり蔡家の同盟国であり主君…ということですか。
これは一度見合いをしなければならないでしょうね。
お断りするなんて事になればあちらの面子を潰しかねません。
それに豊臣の方が偉いのですから拒否権はないに等しい。
「分かりました。見合いをしますと伝えてください」
「!はい」
ぱっと花の咲いたような愛らしい笑みを零した女中さんが駆けて行く。
此処は城近くの私専用に用意された畑。
そこで作っているのは薬膳粥用の野菜だったり、お米だったり様々です。
「ふふ、」
よい人であればいいのですが。
そしてあわよくば私の趣味(こうやって畑を弄ったりすることです)だったり、医食に少しでも共感してくださる方であればいいのだけど。
紅明様は私の考えや趣味を素敵だといってくださったし、煌の隅っこで開業するでもなく漢方を作っていた私を軍医として迎えてくださった。
私にとって紅明様はとても尊敬できるお方で、大事なお方であったのです。
「さてと、見合いをするとなれば少しでも身なりを良くしなければなりませんね…」
暫く畑作業などからも離れなければならないでしょうか。
爪も荒れてしまいますし、日にも焼けてしまいます。
ですから、当分お別れですね。
「皆さーん!暫く畑をよろしく頼みますねー!」
「「「「「おー!」」」」」
城下の方々の快い返事を受けて畑を去る。
うふふ………私の旦那様(仮)になる方はどんな方でしょうか。
* * *
「皆さーん!暫く畑をよろしく頼みますねー!」
「「「「「おー!」」」」」
「フフ、あれが君の奥方になる名前姫だよ。大層美しいだろう?」
とある山中、私は半兵衛様に連れられ其処からある女を見ていた。
その女は半兵衛様の見初められた私の妻だと言う豊臣の同盟大国蔡家の第一子、蔡名前。
刑部曰くその美貌は各国から見初め話が来るほどで、母親に似て大層美しいらしい。
遠目ゆえ其処までは分からないが半兵衛様の仰るとおり、綺麗な容姿をしていることだけは確かだった。
それから数日後私は秀吉様や半兵衛様と共に大阪城内で見合いを行うことになった。
「秀吉様、此度の婚姻真嬉しく思います」
「ふ、我らも嬉しく思っている」
蔡家の当主、つまり蔡名前の父親が秀吉様と挨拶代わりの会話をしている中私の視線は妻となるであろう女、名前へと向いていた。
その黒曜の瞳も私を見ており、結われた髪がさらりと風に靡いた。
「フフ、あとはお若い二人で…って事にしようか」
「そうですわね。
名前、石田様に迷惑をかけては駄目よ?」
娘に似た顔で小さく笑んだ母親が秀吉様方と共に出て行かれ部屋に残ったのは私と娘、ただ二人。
「石田三成様…でしたね」
「…あぁ」
「貴方様のお噂はうかがっております」
「フン…」
くだらぬ噂などどうでもいい。
それよりも、だ。
「貴様は私の妻となる覚悟があるのか?」
そういえば奴はきょとんとした顔をした。
―――まさか、その覚悟もなく見合いをしたと言うのか?
ムッと来て立ち上がればふふふ、という笑い声が響いた。
「石田様、」
「何だ」
「貴方様は噂に聞くほど怖いお人ではないようです」
「…?」
「(真っ直ぐで純粋で、儚いまでにお綺麗な人……)
石田様、」
「何だ」
「ご趣味は?」
「は?」
「………あら?見合いとはこのような事を聞く場ではないのですか?」
再びきょとんとした女。
その顔はあどけなく子供のようだった。
「趣味などない」
「あらあら」
「貴様は…、どうなんだ」
聞かずとも分かる。
どうせあの土弄りが趣味だと答えるのだろう。
さぁ、私の前でそう答えて見せろ。
普通の姫君ならば言えぬ事を。
「石田様はお引きになるでしょう。ですが、私は畑で作物を育てたり薬膳を作ったりするのが好きなのです」
「!!」
―――っ、バカ正直が。
笑みを零し言った女に内心悪態をついた。
「冗談だとは、お言いにならないのですね」
「冗談、だと?」
「今まで見合いをした方は必ず私の趣味を聞くと冗談でしょう?とお言いになるのです。冗談などひとつも言うておりませぬのに……」
ふう…とため息をついた女。
その姿は何処か飽き飽きしているようだった。
それからもつらつらと下らぬことを話す女に私は苛々が増し、立ち上がると女に向け叫んだ。
ぐだぐだ言わずに嫁に来い!!!
「あ、え」
「拒否は認めない」
「……、は…い」
小さく頷く女のほおが色づいていたのは気のせいだったか、どうなのか―――。
*デフォ:蔡蓮玉
・紅明によって選出された煌帝国皇軍専属軍医で漢方に詳しい。
・彼女自身も金属器使いと言うことも相まって戦場に連れて行くには非常に便利な人物だった模様。
・本人は自覚していないのだがどうにも惚れっぽい。
・医食同源(日頃からバランスの取れた美味しい食事をとることで病気を予防し、治療しようとする考え方)をモットーとしている事もあり食には煩い。