君と息をしたかったのに
うちらの前に現れた異形の化け物、〈獏〉。
確かにそれは伝説に残るものとは違う姿をしていて、例えるならば誰かが天空から吊っている傀儡のようにも見える。
ただしあんなに巨大な傀儡を操るヒトをうちは見たことがない。
カイアちゃんは傀儡師だと聞いたけど、流石にあの大きさのものは操れない、よね?
「ヒナタっ、あの化物の中身はわかるか」
「!
白眼っ!……………中身は、霞んでいてわかりません…。黒い靄が渦巻いているような…」
「体の中まであの黒い霧ってことか。厄介だね」
「っ黒い霧が来ます!」
「ああ、もう!―――木遁・木錠壁!!」
巨大な半ドーム状の木材がうちらを庇うように黒い霧を受け止める。
けど木材は黒い霧が当たった場所から腐れ、地面に腐敗した状態で崩れ落ちた。
ど、どういうこと……?!
「獏に攻撃は、効きません……」
「カンナの母ちゃん!それ、どういうことだってばよ!?」
「かつて忍界が苦労したと、そう言いましたね。それは獏に忍術が……いえ、チャクラそのものが効かないからなのです」
「はぁ?!なんだよそれ!そんなもんどうやって…!」
「チャクラが効かない原因は黒い霧がチャクラを無効化してしまうから。黒い霧は私が抑えましょう。仮にも光陽の末裔です、それくらいはさせてください…!」
「お願いします。サクラ、ヒナタ。お前たちはセラさんの護衛を努めろ」
「わかった」
「はい…!」
「ヤマトもここに残ってくれ」
「了解」
カカシ先生の指示で黒い霧を抑えるための術を唱え始めたセラさんを守るための部隊と攻撃部隊に別れることになった。
うちは女子勢の中で唯一の攻撃部隊配置。
これは写輪眼の力が要り用ってことなのかな?
「行くぞ、スザク。今回は俺も最初から本気だ」
「じゃあうちも本気で」
写輪眼をずっと使うと何だか疲れるから、あんまり使いたくないけどそうも言ってられないよね。
カカシ先生と一緒に獏に向かっていけばカタカタと音を鳴らした四肢が縦横無尽に折れ曲がりうちらを捉えようとする。
逆に利用して伸びてきた腕の上に飛び乗っては別の腕が襲いかかってくるのを待ち、避ける。
決して考えなしに動いてるわけじゃなくてこうすればこうなるだろうっていうのを計算して動いてる。
……ああ、なんかうちらしくない事してる。
「ギ、ァアアア」
よっし!獏の足結び完了!
クネクネと動いてきた獏の足を誘導して絡ませるだけ。
あとはそこに攻撃を叩き込むだけで―――。
「いくよ、キバ!!―――火遁・火焔鳥(かえんちょう)!!」
「おう!行くぜ赤丸!―――牙通牙ッ!!!」
ピィイイ…!と甲高い鳴き声をあげた巨大な炎の鳥がキバたちを守るようにしながら獏に突っ込んでいく。
お願い……お願いだから当たって…!
ガ、ギギギ……ガィン!!
「ぐあッ!!」
「キャウン!!」
「キバ!赤丸!」
「ってェ…!んだよあいつ、硬ェ…!」
「俺がやってみるってばよ!―――螺旋丸!!」
ナルトが飛び上がって螺旋丸をぶつけるけど、それは吸収されてるようにはじけて消えた。
そういえば火焔鳥も吸い込まれるように消えていってた。
セラさんが黒い霧を抑えてくれてるはずじゃ……?
「チャ…クラ……」
「ッ?!」
「かん、じ………る。…やみ、の………」
「何言ってるの…?」
「避けろスザク!!」
「え……?」
「闇月の忌々しき術式を、身に刻むのは……貴様、だな?」
ギョロギョロしていた瞳に焦点がもどる。
結んだはずの足もギュルルと回転し元に戻り、地面にしっかりを足をつけた。
その口から漏れ出していた黒い霧も出なくなって、ギギ…と音を立てた首元がうちの方を見る。
まるで理性を取り戻した獣みたい……。
「闇月……闇月…闇月…!あぁ、忌まわしき闇の子が我が命の糧を奪い封じおった!あの忌々しき男が…!男が!あの……ああああああああああああ!!!!」
「スザクッ!」
「あ…っ」
キバに腕を引かれてギリギリの所で腕を避ける。
私の目の前の地面に突き刺さった鋭い腕。
避けるのが少しでも遅れていたらうちの心臓を貫いていた。
「許さん……!あの男は…!あの男の血を継ぐ者は…!許してなるものか…!!あれは殺す、殺さねば…!あの闇の……深淵にいる魔の子等は…!」
「魔の……?」
「いずれ貴様も理解しよう。貴様の知る闇月の矛盾せし闇を。―――さあ、そのチャクラを寄越せ!」
シュルッ……
「っ?!は、離して!」
「スザク、捕まれ!」
「キ、ッ……うわあ?!」
目の前の腕から硬いもので覆われた触手のようなものが現れてうちの両足を締め付けてブラリと宙に浮かせる。
上半身を起こして解こうとするもののそれは固く縛られていて解けそうにない。
それどころかどんどん締め付けられていくから足先から感覚がなくなってきた。
頭に血でも上ってるみたい……気持ち悪い…。
「嗚呼、朔真。これは貴様の大事にするものか?―――ククク、さあ少女よ」
「はな、して…!」
「覚悟を決めろ」
いや、だ。
まだうちにはやり残してることがたくさんあるのに。
サスケ兄ちゃんのこと、連れ戻さなきゃ。
ナルトやサクラの為じゃなくて、自分のために。
ひとりはなんだか、淋しいんだ。
よくわからないけどあの家にひとりですむのはすごく淋しい。
あともうひとりの兄ちゃんのことも探さなきゃ。
一族を滅亡させた罪人になった兄ちゃんのこと、探さなきゃ。
本当のこと……聞かなきゃ。
あんなに優しかった兄ちゃんが本当にそんなことを望んでしたのか、聞かなきゃ。
あとカイアちゃんともう一度会いたかった。
本当の意味で里抜けしてから一度も会ってない。
もう一度会ってもっとお話したいな。
きちんとしたお友達に、なりたい―――……なぁ。
「………き、ば…」
うち、貴方に伝えなきゃいけないことがあった…気がするんだけど、なんだったかな。
* * *開いた巨大な口。
絡め取られたスザクがその口の中へと落とされる。
何もない暗闇の深淵があるその場所へ。
懸命に手を伸ばしてもそれには届くことがなく、俺の手は、ただ空を切っただけ。
「っスザク―――!!!」
「スザクちゃん…!」
「何故スザクが…!」
俺がスザクの手をちゃんと握ってれば…。
俺はいつも中途半端だった。
あいつに何か出来たことがあったのか?
………ねェ、よな。
「お、落ち込んでる場合じゃないよ!!」
「「「「「!」」」」」
「わ、私一人でもスザクさんは助ける!……返してよ!その人は師匠が……師匠がとても大事にしてきた真っ白な宝物なんだから!!」
宝、物……?
「師匠、言ってたよ。〈スザクっていうバカな子がいるんだけどその子はただ何も知らない真っ白で純粋な子なんだ〉って。〈私がどれだけ穢れてるか知らない愚かな子なんだ〉って…。」
「ふむ?」
「恨むなら……食べるなら、私を食べてよ。スザクさんはうちは一族で貴方には何の関係もないはずだよ。恨むなら闇月と一緒に貴方を封じた一族の末裔である私を食べて!」
「……くく、貴様になどなんの価値もない。浄化の力を失いし光陽に何の価値がある?」
「え……?」
「………。
確かに白宮は光陽の下級に位置する末裔……。長年違う一族と生きてきたからでしょうか…その力は、弱体の一途を辿っていたのですね……」
だから俺の攻撃ははじかれて、スザクとナルトの術は吸われたってのか?
カンナの母ちゃんの力が弱まっていたから。
「光陽など興味はない。闇月を出せ!我が封印を強めしあの女を!!!」
「い、いないわよ!ここにはいない!」
「ならば何故あの女の気配がする?!どこだ、どこに隠した!!」
気配、だぁ?
鼻をならし周囲の匂いを嗅ぐ。
ここから臭うのは俺らの臭いと村を襲撃したときに使われた火遁の焦げ臭さと村特有の臭いだけ………ん?
赤丸と一緒に首をかしげる。
なんだ、この薬品臭……。
嗅いだことがある気もすっけど、〈あの頃〉の臭いとは違う。
薬品臭に混じって香の香りっつーか、花の匂いがする。
しかもそれが急激に近づいてきて―――。
「、カイアちゃん…?」
「え……し、しょう?」
ヒナタの向く方を見れば、そこには今にも泣きそうな顔で獏に突っ込んでいくカイアの姿があった。
君と息をしたかったのに「スザクッ!!」
「危険だ、カイア!」
「カ、カシ…さ、」
「確かにスザクちゃんは中にいる。だからってお前が突っ込む理由にはならない」
「なんで……?」
「?」
「なんでスザクがこんな場所にいるの。なんであの子は私の思った通りにしてくれないの…?どうして自分だけでも安全な場所にいてくれないの…?のいは?のいはいないの?ねえ!」
「のいは別の班だ」
「………スザクとのいを同じ班にしてミーさんでも入れて3人にすればいいじゃない。7班はヤマトさんっていう担当上忍ができたんでしょ?だったらその3人とカカシさんが組んで4人1組になればいい。
そしたら、そしたら、スザクは守られる……!私がこうやって近づくこともなくなる!そうすれば、そうすれば、スザクはもう苦しまなくていい!私の罪を、スザクが負う必要がなくなる…!
これがあの子のために出来る精一杯の事だよ。あの子を穢した私は二度と彼女に近づくことはしないから…!あの純粋無垢な心優しい子を惑わせ迷わせ苦しめた私はもう、あの子の隣には立っちゃだめ…!
いや、違う!違う違う違う違う…!私が見て、守って、それで…傷つけるようなものは全部排除しなきゃ…!それが私にできること…!私が穢れてそれであの子が守られるならそれが一番いい…!そうすれば彼だって…!
ダメだダメだダメだ…!私なんかがスザクのそばにいたらダメ!だから頼んだのに…!だからっ…!私なんかが傍にいたらまた壊して傷つけてそれで自分を満足させようとするから…!…う、ううううう……。
……あ……先生、助けて。怖い……暗いの、…いやだ…!出して、出して、出して!ここから出して!もう嫌なの、ここは嫌!くらいの、いやだぁ…!沈むの嫌だ…!いなくなっていくのヤだよ…!離れていくのヤだよ…!離れていって見えなくなって…わたし一人だけ残されて…!
嫌だよ、いやだ…!苦しいの嫌だ…!辛いの嫌…!閉じ込めないで…、どこにもいかないで…!ねぇ、ねぇ、ねぇ!わたしのこと沈めないで…!わたしを消そうとしないで…!わたしだって貴方の一部なのに…!貴方と一緒に生きてきた部分なのに…!ひとりは……ひとりは悲しい、苦しい、辛い、痛い、怖い、暗い…!……や、だ…。
余計なこと話しすぎだっての。〈僕〉から大切な世界を奪って壊す者は全部敵だ!!敵でしかねぇ!!そう認識すれば苦しまなくていいはずだろ!!そうだろう?カイア。
いつまで木ノ葉の忍にすがりついて嘆いているつもりだ!?だからお前は沈むことしかできなくて〈僕〉に消されるんだよ!!何を願ったって動き始めたものは止まらない。あとは坂を転がり落ちて顛末を迎えるだけだ。
お前はその終焉(おわり)まで沈んでいればいい。〈僕〉が夢の世界に届く日まで、守ってあげるから」
久しぶりに会ったカイアは気味が悪いほどに狂ってた。
カカシ先生の手を払いのけると獏へと突っ込んでいく。
その表情を狂気の笑みに変えながら。
「夢の世界を邪魔するお前は〈僕〉が壊してやるよ!!」
「試合は僕の勝ちだ。早く止めろよ」
「早く止めなきゃ壊れるよ、其の人………何処がとまでは言わないけどね!!」
「僕は何も悪くないよ、先に奪ったのはそっちだもん」「………私は、悪くない……。ああ、そうか、悪くない。―――先に奪っていったのは、そっちだ。」
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