エースが自らの意思で白ひげ海賊団に加わり、周りを見る余裕ができた頃。エースはようやく一番隊副隊長であるレナの存在を知った。


「ようエース。皿に埋もれて何見てんだよい」
「はよ、マルコ。何ってレナさん見てんだよ」
「ん……あぁなるほど。レナのやつ、また口説いてんのかい」


白ひげ海賊団モビーディック号の大食堂が朝食のピークを過ぎて席がまばらに空きだした時間帯。両脇に大量の皿を積み重ねているエースが寝もせずにある一点を熱心に見ているものだから、遅めの朝食を食べに来たマルコが声をかけるのは実に自然なことだった。

エースの視線の先、入り口から死角になるその席でレナと呼ばれた一番隊副隊長が新人のナースと楽しそうに会話に花を咲かせていた。しかし、ナースの頬は赤く色づき、まるで恋する少女のような瞳で熱心にレナを見つめていた。

サッチが見れば「禁断の花園だっ!」と喜ぶだろうが生憎サッチは昼食の準備のために厨房の奥で汗を流しながら働いていた。


「あいつ今月入っていったい何人口説いてんだよい」
「昨日も廊下で違うナースと話してたし、この前上陸した島ですげェ数の女と歩いてた」
「あぁ……そんなこともあったな」


レナは中性的な見た目とさっぱりとした性格からか老若男女問わず大変モテる。さらにレナ自身がレディーファーストの精神をもっているため女性からの人気が異様なほどあった。
今、二人の視線の先でナースの耳元で何かを言ったレナが愉快そうに笑みを深めて、ナースは耳を押さえて顔をさらに真っ赤にさせた。同性だからか距離がずいぶんと近い。マルコにそっちの趣味はないがレナとナースの絡みを嬉々として見るサッチや「いいねぇ」とキセルを吹かしながら眺めるイゾウの気持ちはなんとなくだが理解はできた。


「なぁマルコ」
「ん?なんだよい」
「おれさ、最近レナさんを見てるとさ」


末っ子の深刻そうな声に耳を傾けるマルコだったがその言葉の続きは船内に響き渡る放送によって遮られた。


『四時の方角より海賊船接近中!海賊船接近中!各自準備をして襲撃に備えよ!』


放送の声色からその海賊船がそれほど脅威ではないことが分かったがエースにとってそれは関係ないようで、先ほどの声はどうしたと聞きたくなるほど溌剌とした声で「よっしゃ!」と叫び、立ち上がった。ついでにその右手はマルコの右手首をがっちり掴んでいた。
「おれたちが出るまでもねェよい」と訴えたマルコの声は残念なことにエースには届かなかった。



*****



「おぉ!でけェ!」
「でかいな」


甲板に出たエースが敵船を見て早々に大声を出して驚くほどに、遠く離れていても分かるほど大きな海賊船だった。これほど大きいのなら海賊船のなかに眠る宝にも期待が持てそうだ。


「もう。せっかく楽しく話してたのに」
「あ、レナさん!」
「あの海賊のせいで台無しよ、まったく」
「おーおー、怖いよい」


マルコたちから遅れる形でレナが甲板に到着したが機嫌はすこぶる悪い。なぜならレナは楽しい会話を遮られることを嫌うからだ。それはたとえ仲間でさえ遠慮なく蹴り飛ばすほどに激しく嫌う。
今も苛立ちからレナの靴先がタンタンと床を叩いている。

タンタンタンタンコツコツコツ。

床を叩く音が変わった。マルコがちらりと見れば、レナの足は五本指の人の足ではなく、鳥特有の四本指になっていた。今にもその鋭い爪で甲板に穴を開けそうな勢いだ。

そう。レナは能力者である。食べた悪魔の実はゾオン系トリトリの実モデル"ヘビクイワシ"。スラリと長い脚から繰り出される強力な蹴りが武器であり走力と脚力が大幅に上がる。そのためレナにとって足は武器であり、最も誇りをもっている身体の部分も足であった。白ひげ海賊団の入れ墨も長い足に誇りをもつ足長族のように太ももに彫っている。そしてその入れ墨が他の者にも見えるように、また能力を存分に発揮できるために、レナは丈の短いズボンを穿いているのが常であった。
以前「その年でよく脚を出せるな」とマルコが言ったときには覇気を纏った本気の蹴りがマルコの顔面に繰り出された。吹っ飛んでいったマルコをよそに、固まる船員の前で「女性に年の話は禁句よ」とレナが言ってから密かに行われていた『レナの年齢当てトト』は中止となった。ちなみに本命は30代後半。大穴はマルコと同い年となっていた。

まぁ何が言いたいのかといえば今のレナは惜しみもなくその魅力的な足を太陽の下にさらけ出しているのだ。
レナは同性に大変モテる。だが異性からもモテモテであった。戦闘前だというのに余裕のみられる甲板で多くの船員が健康的な肌をしたすべやかな足に視線を集中させている現状がよい例だ。

潮の流れのせいか敵船との距離はなかなか縮まらない。レナの苛立ちはピークに達した。


「もう待てない」


言うが早いか。レナが入念なストレッチを始めた。これはレナが長い距離を跳ぶ前の準備だということはこの船に乗る者なら誰でも知っている。


「え、レナさんこの距離跳んでいくのか!?」
「えぇ」
「マジかよ……」
「マジよ」


レナの目は本気だった。


「……なぁマルコ、レナさん一人で大丈夫か?」
「あの船がこっちに来るまでの間くらい余裕だよい」
「……強いんだな」
「一番隊副隊長だからな」


まだレナが戦闘する姿を直接見たことがないエースはマルコのお墨付きがあろうとも心配なのか不安そうにレナを見つめる。
マルコがエースにつられるようにレナを見れば、後頭部には冠羽が生え、腕は翼に変化した人獣型になっていた。助走をつけるためか甲板の反対側へと歩いていく。船員で溢れかえった甲板だったがレナが何も言わずとも道ができた。
反対側にたどり着いたレナは目を閉じて一定の感覚で軽く跳び跳ねる。

トーン、トーン、トーン

周囲にいた船員が身動ぎせず見守る。

トーン、トーン、トーン

敵船は未だ遠い。

トーン、トーン、トーン

九回跳び跳ねて十回目に突入するだろうとするタイミングでレナは駆け出した。
一瞬でマルコとエースのそばまで来たレナはそこで一際強く甲板を踏み込んだ。


「修理よろしく」


マルコにそう言い残してレナは高く高く跳んだ。高く高く跳んで、黒い影となったレナは落下するように敵船へと突っ込んだ。
超人的な身体能力をもつエースの脚力でさえも届かない距離をレナは実に軽々と跳んでいった。


「すげェ……」


その感動は無意識のうちにエースの口からこぼれ落ちた。
キラキラとした表情でレナの跳んでいった軌道をなぞるように眺めるエースが、マルコは微笑ましく思えてつい笑ってしまった。

敵船からは銃声や怒声悲鳴に混ざってレナが暴れている音が聞こえてくる。

そこでマルコはふと放送が流れたことによって遮られたエースの言葉の続きが気になった。


「おいエース」
「んー?」


エースの視線は敵船を向いたままだったがマルコは特に気にせず会話を続ける。


「放送がかかる前に話してた話の続きを教えてくれ」
「放送がかかる前……?」
「ほら、レナを見てると、ってやつだよい」
「?…………あぁ!そのことか!……いやさ、おれ、おかしくなっちまったのかもしんねェんだけど、最近レナさんを見てっとなんだか、こう……あのきれいな足に蹴られてみてェって思うんだ。マルコ、やっぱおれ、おかしくなったのか?」


救いを求めるエースだったが、正直マルコはエースどころではなかった。


「エース……おまえもかよい……」
「え?」


膝から崩れ落ちたマルコをエースは不思議そうに見つめた。
この船の船員のほとんどが一度でいいから蹴られてみたいと思っていることをエースはまだ知らない。


「あいつに蹴られるなんてごめんだよい」
「マルコ、蹴られたことあるのか?」
「理不尽なほどにな」
「いいな〜」
「あの殺人キックのどこがいいんだよい……!」


エースの告白によりマルコはまた一人貴重な味方を失った。

二人の後ろ、レナが踏み込んだ場所にはくっきりと四本の指の痕が刻まれていた。


まるで蜜を求める虫みたいだ、と不死鳥は嘆く
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