何か、とてもやさしい夢を見ている気がする。
懐かしくて、あたたかくて、和やかで、希望に満ちた、そんな夢。


『あなたはきっといい海兵になるわ』


これは私の声。


『ありがとうレナ。君にそう言われると勇気が出るよ』


これはドレークの声。
甲板に立ち、しわ一つない真新しい制服を着た私に今のような未来は想像すらしていなかった。


『レナ、君は―――』


ドレークの声はそこから聞こえなくなってしまった。何かとても大切なことを話した気もするし、他愛もない話をした気もする。あのときあなたは私に何を伝えたんだっけ?

ドンドンドンっ!!

力を込めた拳が幾度となく自室の扉を叩く音で私は微睡みから目覚めた。普段こんな乱暴に扉を叩く者はいない。それだけに緊急事態が起こったことを如実に教えてくれた。

私はそばに置いていた愛剣を手に取りながら「入れ」と扉の向こうにいるであろう部下に伝える。

「失礼します!レナ少将!海賊です!」
「どこの海賊船?」
「ドレークです!」


出撃の用意をしていた手が思わず止まった。
なんともタイミングがいい。あの夢はある意味予知夢というものなのかもしれない。


「……分かった。他の海兵にも伝えておけ。戦闘準備だ」


見つけたからには逃がさない。
愛剣を握る手に自然と力が入った。



*****



海流の関係により逃げられないことを悟った海賊船はようやくこちらを迎え撃つ気になったようだった。


「相手は赤旗のドレーク!懸賞金は2億2200万ベリー!遅れを取るな!悪を殲滅せよ!」


私の声に応じるようにあがった部下たちの声が私の体を震わせた。戦闘が終わったとき、いったいどれだけの声が生き残っているのかと不謹慎なことを思った。らしくない。きっとあの夢のせいだ。

射程距離まで接近すると互いに大砲を撃ち合い、それぞれの船が被弾しても士気は下がるどころがどんどん上がっていった。そしてついにドレークの海賊船は軍艦のとなりにつき、次々に甲板へと攻め込んできた。


甲板では敵と味方が入り交じる混戦状態。至るところで武器がぶつかり合う音が鳴り、誰かの断末魔の叫びが響き渡る。その叫び声が部下ではないことを祈りながら私は新たな断末魔を産み出していく。

目の前の海賊を斬り伏せて、次の敵はどこだと視線を上げた瞬間、死を感じた本能が私の体を動かした。
後ろを振り返り、愛剣が顔の目の前で何かを受け止めた。


「相変わらずの反射神経だ」


元恋人は最後に会った日と何も変わらない表情で私を見る。あまりにも優しい色を帯びた瞳に、まるであの日々に戻ったような錯覚に陥る。そんなことあり得ないのに。


「……久しぶりねドレーク」


久しぶりに口にした名前は自分でも驚くほどするりと声にできた。


「あぁ。久しぶりだなレナ」


ドレークは応えるように私の名前を呼ぶ。それだけで幸福を感じた。でも、ドレークのいない日々を埋めるにはそれだけじゃまったく足りない。


「寂しかった」
「すまない」


捨てられた、遊ばれていた、可哀想だ、憐れだ。ドレークとまだ繋がっているのではないか、海賊のスパイではないか。ずっとそんなことを言われ続けた。まさに生き地獄。それでも信頼できる部下や同期や上司がいてくれた。何よりドレークを誰よりも先に捕らえることが使命だと感じた。強くなるために落ち込んでいる暇はなかった。
でも、それでも


「声をかけてくれたら、私はあなたについていったのに……なんで」


あの日感じた絶望は今でもはっきりと覚えている。
視界が水面のように揺れる。


「君には真っ当な人生を進んでほしかった」
「……ハハ、なにそれ」


なんて頓珍漢で、なんてエゴイストだ。
呆れを通り越して乾いた笑いが生まれる。
本当に馬鹿で、愚直で、誠実で、頑固で、優しい人だ。
ドレークはあの日から何も変わっていなかった。

ねぇドレーク。あの日からあなたの手配書を見るたびに安堵していた私の気持ちなんて分からないでしょ。今どんな思いであなたがここにいるのか分からない私と同じように。

数年ぶりの再会、けれども黒でいるドレークと白でいる私の距離がゼロになることはない。
武器と武器が重なりあう部分から耳を塞ぎたくなる不協和音が奏でられる。


「ねぇ、ドレーク。私の信じた正義にこんな未来はなかったの」


正義か悪か。
答えのない不毛な争いは、きっと最後の一人になるまで続いていくのだろう。


『レナ、君はその肩にどんな正義を背負うんだ?』


ふいに蘇ったドレークの言葉。
その言葉に私は何と返したのか。思い出すことはついぞなかった。

これから正義の話をしよう
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