その日、アクア・ラグナによって被害を受けた裏町の修復が終わった。

今回はアイスバーグの体調がまだ完全ではないため、裏町の修復の指示はパウリーがアイスバーグに助言をもらいつつすべて執り行っていた。アクア・ラグナの被害は年によって違い、さらに今までは指示を受ける側だったパウリーは改めて恩師であるアイスバーグの偉大さを実感していた。

そんなパウリーの様子を見たレナから「お疲れさまの意味を込めて料理を作りたい」との申し出によって食材を買ってパウリーの家へと向かっていた。


「なんとか一段落って感じね」
「そうだな。まぁ、しばらくはまだ忙しいままだがな」
「今日店に来たお客さんがすごく喜んでたよ。前よりしっかり修復してもらって来年からは安心だって」
「そりゃよかった」
「来年も今年みたいなアクア・ラグナ来るのかな」
「今年が例外中の例外だったんだ。裏町がこれだけ壊れるようなアクア・ラグナは当分来ねェだろうよ」


ゆらりゆらりとヤガラの泳ぐ動作に合わせて起こるこの独特の揺れは慣れていなければ長時間乗っていると酔ってしまう。そのため、ウォーターセブンをはじめて訪れた観光客が物珍しいヤガラを乗り回し、青い顔をして石畳の道を歩くことは観光客なら誰しも一度は通る道だった。しかし、それこそ赤ん坊のときからヤガラを使って移動しているウォーターセブンの住人にとって、この揺れはもはやゆりかごのような心地よさなのである。

二人はゆっくりと前後に動く揺れに逆らうことなく身を委ね、その揺れを気にすることなく話し続ける。

ヤガラの上に乗せられた座席の縁に波がちゃぷんとぶつかった。

すでに太陽は海の向こうへと沈み、濃紺の水面にまるい月が揺らめいている。レナが上を見上げれば月がやさしく淡く光っていた。

そういえば

カクが消えた窓の向こうにも月が浮かんでいたことをレナはふと思い出した。月の白い光を背中に浴びながらカクはレナにさよならを告げた。

あの夜、私はカクじゃなくてパウリーを選んだ

ふぅ、と細い息を吐いてレナはトマトやパスタが入った腕のなかの袋をクシャリと握る。
覚悟はあの夜から決まっていた。

あとは私が伝えるだけ


「ねぇ」
「んー?」


パウリーの気の抜けたような返事にレナはクスリと笑って握り締めていた手のひらをほどいた。いつも通りの、いや、仕事が一段落したことでいつもに増して締まりのないその声に、緊張していた自分が馬鹿らしくなったのだ。

カチコチに固まっていた舌の緊張が解けて、ついにレナはパウリーに想いを告げた。


「好きだよパウリー」
「は?」
「好きだよパウリー」
「いや、聞こえなかったわけじゃねェ! え、は……おまえがおれを……?」


ヤガラが揺れるのもお構いなしにパウリーが身体ごと振り向く。カクと同じような反応をするパウリーにレナの口から笑い声が溢れた。


「そう。私があなたを」


レナは自分で自分を指差し、その指を今度はパウリーに向けた。
操縦士のいなくなったヤガラはけれどもそのままパウリーの家へと向かう水路を泳いでいく。賢い子だ。


「……嘘、だろ」
「嘘ならこんな嘘言わないよ」


パウリーの口にあったはずの葉巻はさっきの振り向いた拍子に水路に落ちてしまって今はない。


「だっておまえ、カクのこと好きなんだろ……?言いたかねェけどよ」
「一週間前まではね」
「一週間前まで?」


意味がわからない、という意思表示なのかパウリーが首をかしげる。


「うん。一週間前、家に帰るとカクがいたの」
「はぁ!?」
「静かに。でね、一緒に夜逃げしないかってお誘いだったの」


再びヤガラを揺らして大声を出すパウリーにレナは「シー」と人差し指で口を押さえる。だが、衝撃的過ぎた内容にパウリーはそれ以上声を上げることができなかった。口をあんぐりと開けたままのパウリーにレナはそのまま話を続ける。


「私、カクがまだ私のことを好きでいてくれてすごく嬉しくってその手を掴もうとしたの。でも、できなかった」


レナがパウリーの目を見つめる。


「目の前に大好きなカクがいたのに、頭のなかはパウリーのことでいっぱいだったの。そこで気付いた。私、パウリーのことが」
「待った!」


耳と頬を真っ赤にしたパウリーが腕を伸ばし、レナの目の前で手のひらを見せて、レナの発言を強制的に終了させた。
レナはパウリーの意図を汲み取って言葉を待つ。


「それは、おれから言わせてくれ」
「うん」


レナが頷いたことを確認して、パウリーは大きく息を吸って、吐いた。


「そういうことはヤガラの上で言うことじゃねェだろうが……レナ」
「なに?」
「レナ、おれはガキの頃からレナが好きだった。その想いは今でも変わらねェ」
「うん」
「だから……おれと付き合ってください」


過ぎていく街灯によってレナを見つめるパウリーの瞳が照らされた。一見すると黒にしか見えない瞳だがその色彩は深海を彷彿させるような深い青。その青が真っ直ぐにレナへと向けられていた。

レナはじわじわと頬に熱が集まる感覚を嫌というほど感じていた。そして、パウリーからの熱視線に耐えられないと両手で顔を隠した。


「こんなときだけ敬語とかズルい…!」


もはやそれは照れ隠し以外の何ものでもないのだがレナはそんなことを言わずにはいられなかった。二十数年幼馴染をやってきて、パウリーがレナに敬語を使ったことなど今までに一度もない。だが、だからこそ、この場面でのパウリーの告白に対する思いが如実にレナへと伝わったのだ。


「返事、聞かせてくれ」
「……もちろん。こちらこそお願いします」
「〜〜ッレナ!」
「わ、!?」


レナの返事を聞いた途端、パウリーはレナに抱きついた。またもヤガラが大きく揺れたのだが、そんなことパウリーは関係なかった。


「ちょ、ちょっとパウリー!」
「夢みてェだ……」


いきなり縮まった物理的な距離にレナが慌てていると少しだけ語尾を震わせた声が耳元で聞こえた。それがとても愛しく感じたレナは無駄に力の入った上半身を弛緩させて、思いきってパウリーの首に腕を回した。そんなレナの行動に驚いたパウリーだったがそれ一瞬のことだった。


「そんなに緊張したの?」
「……るせェ。んな野暮なこと聞くんじゃねェよ」
「ふふ、それもそうだね」
「レナ」
「なに?」
「好きだ」
「私も大好き。これからよろしくねパウリー」
「あぁ。ぜってェレナを一人にさせねェ」
「うん。信じてる」


満月が輝く空の下。二人を乗せて運ぶヤガラが成就した二人の恋を祝福するように「ニー!」と高らかに鳴く。

笑い合った二人の笑顔は子どもの頃にお互いが見せていたあの無邪気な笑顔だった。


二人の恋は、ようやく始まった。


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