ある真夜中。
おれはふいに目を覚ました。おれたち兄弟はママの一度寝たらなかなか起きない体質を引き継いでいるからこんな夜中に起きたのは珍しかった。加えて眠気もまったくない。本当に珍しい。
夜風に当たれば眠くなるかもしれないとベットから抜け出して窓を開ける。窓の鍵を開ける音がいやに大きく聞こえた。開けた窓からは海からの風によってホールケーキアイランドの甘い匂いが香ってくる。だが、風は甘い匂いだけでなく別のものも運んできた。
一瞬だけ耳をかすった音におれは全神経を集中させる。
そうして聞こえてきたのは子どもの泣き声。普通に考えるなら弟妹の夜泣きが可能性としては最も高い。なのにおれはその泣き声を聞いた瞬間、その声の主がレナだと分かった。レナの泣き声なんて聞いたことがないのに、だ。

レナだと気付いてしまえば無視はできなかった。おれは自分の部屋を抜け出して長い廊下を極力音を立てないように走った。静かに階段を下っていく。レナの部屋はたしかここを右に曲がって……と記憶を掘り起こしていく途中、ほぼ毎日一緒にいるというのにレナの部屋への場所が反射で出てこないことに気付いた。
いつもレナが会いに来てくれるから。
泣き声はもう聞こえない。ズラリと並ぶ扉のどれがレナの部屋だったのかを記憶の中のから必死に探る。





ようやく記憶に引っかかる扉を見つけたおれは安心して息を吐いた。
静かな廊下にノックの音を木霊させることが憚られておれは「入るぞ」と小さな声を出してその扉を開けた。すると、おれの髪を風がふわりと弄ぶ。
身体を扉の間から滑り込ませ、音が出ないよう細心の注意を払って扉を閉めた。
レナの姿はベットになく、代わりにテラスへと続く入り口が開かれていた。おれは迷うことなくそちらに足を向けた。近付くたびに聞こえてくるのは必死に押し殺したようなくぐもった声。


レナはテラスの隅で身体を小さくして泣いていた。


「う、うぅ……おかあさま………、」
「レナ」
「ッ!?」


おれはうずくまっているレナをあまり驚かせないようそっと声をかけたが効果はなく、見たことないほど身体をビクつかせ顔を上げた。涙で濡れた顔が月明かりに照らされた。


「カタクリ。どうして……」
「レナの泣いている声が聞こえた」


大丈夫か。そう声をかけようとしたときテラスに座り込んでいたレナがおれに勢いよく抱きついてきた。不意の行動におれは数歩来た道を戻るが倒れることなくレナを抱きとめることができた。身体が冷たい。


「一人になる、夢をみたの」


喉を震わせ告げるその声は悲痛な色を滲ませていた。


「お母さんが、カタクリが、みんなが私から離れて、真っ暗ななかで私一人ぼっちだった」
「そうか」
「私が行かないでって言ってもみんな止まってくれなくて、怖かった」
「あぁ……眠れるか?」
「……一人になるのが怖い」
「ならレナが眠れるまでそばにいる」


おれの提案をレナは首を振って拒否をした。


「や、朝までずっと一緒にいて」


身体に回されたレナの腕にギュッと力が入る。そんなレナにたまらない愛しさを感じた。今ならレナのために何だって倒せそうな思いが沸き上がる。
恐怖か寂しさか、はたまたその両方か。身震いするレナをおれは両手で包み込んだ。


「分かった。なら一緒に寝よう。そうすれば怖くない」
「……うん」


おれはレナの顔を上げさせて涙で濡れている頬をパジャマの袖で拭う。それから手を引いてテラスからベットに移動した。おれたちには広すぎる大きなベットに上り、やわらかな布団の間に身体を潜り込ませた。
お互いに向かい合い、レナの小さな身体を抱き締めたときには体温が布団へと熱を伝えて、あたたかな空間に包まれる。


「カタクリ……」


不安そうに縋るレナの髪をゆるく撫でる。


「大丈夫。おれはここにいる」
「うん」
「いなくなったりしない」
「うん」
「離れたりしない」
「うん」
「レナを一人にしない」
「うん」
「だから大丈夫だ。安心して寝ろ」
「うん」


レナはおれの胸に頭を預けて目を閉じた。
ぽんぽんぽん。
自分はここにいると言い聞かせるように一定の間隔でレナの背中を叩く。
次第にレナの呼吸が規則的になっていく。
それでも手を止めずに根気よく単調なリズムを繰り返す。


「カタクリ……おやすみなさい」


睡魔に襲われる寸前のギリギリで呟かれたような声にカタクリは笑い声こそ出さなかったが笑みを浮かべた。


「おやすみレナ。よい夢を」


おそらく他の兄弟が聞けば驚くほど優しくやわらかなカタクリの声はレナを夢の世界へと誘った。


ぬくもりに眠れ
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