「ねぇレイリーさん。お菓子って料理に入ると思いますか?」


窓の向こう側でヤルキマンマングローブから発生したシャボン玉がやけに輝いて見えた日の午後。レナは雑誌を眺めながら唐突にそんなことをレイリーに聞いてきた。


「菓子か……難しいな」
「レイリーさんはどっちですか?」
「そうだな。私は別物だと区別しているが」
「そうですか」


なぜか少し残念そうな表情をして雑誌を再び読み進めていくレナにレイリーは構うことなく声をかける。


「急にどうしたんだ?」
「いえ、べつに大きな理由があるわけじゃないんですが……」


そういう前置きをしてレナは今まで読んでいた雑誌を広げてレイリーに見せた。


「この雑誌の特集がお菓子作りで、ふとお菓子って料理に入るのかなって不思議に思ってレイリーさんに聞いてみました」
「レナはどっちだと思うんだい?」
「……私も料理とお菓子作りは別物ですね」


そこで会話が途切れるが無言の時間さえ二人は享受していた。親子……下手をすれば祖父と孫ほど離れている年の差は二人にとって実に些細で取るに足らない問題だった。
なんせ二人は心から愛し合っている。
雑誌を読み終えたレナは壁にかけている時計を見てレイリーに「買い物に行きませんか?」と誘いの言葉をかけた。特にやることもなかったレイリーは「もちろん」と返した。


「何を買う予定かな」
「お菓子の材料を」
「ほう」
「この特集を見たらお菓子をつくってみたくなって……あと今夜は夕飯を食べていきませんか?」
「それはいい。レナのつくる料理は格別だからな」
「期待しててください。頑張ります」


張り切っているレナは実際の年よりずっと幼く見えた。


「あ、そうだ。この雑誌で見た今日の運勢占い、牡牛座の人は何もかも上手くいって外に出るとさらに運気アップって書いていましたよ」
「はは、そうか。占いは信じないんだがそう言われるとそんな気がするかもしれん」


よかったですね、と笑うレナはレイリー以上に嬉しそうだった。


「それとラッキーアイテムはハンバーグと書かれていたので今日の夕食はハンバーグにしますね」
「それは楽しみだ」


買い物の準備をすると言って部屋を出ていったレナを見送ったあと、レイリーは閉じられら雑誌を手に取って広げた。そして目次から占いのページを見つけ出してパラパラとめくる。発見した占いのページでレイリーは自分の星座が一番下に書かれていることを知った。

『今日の牡牛座は朝から気分が乗らず有意義な一日を過ごせないかも。短い時間でも外に出て気分を変えましょう! ラッキーアイテムは手料理』

刹那に胸を占めた感情は愛しさだった。大人であるレナは女性でありながら、少女のようないじらしいほど健気な一面を不意に見せてくる。

あのときだってレナのまっさらな白さに惹かれたんだ、とレイリーは半年前の出来事を思い出した。



*****



「付き合ってくれませんか」

尻すぼみになっていく言葉と顔を真っ赤にさせた姿にレイリーは笑って承諾の言葉を返した。ちょうど先ほど今まで付き合っていた子と別れたためだ。タイミングがよかった。
まさか付き合えるとは思ってもみなかったのか目を丸くしてレイリーを見上げたこの女性こそレナであった。

おとなしく、手を繋いだだけで全身を真っ赤にするほど男に慣れていないレナの存在はレイリーにとってなかなか新鮮なものであったがあまりに無垢な瞳にレイリーは手を出せなかった。きれいなレナという存在を壊してしまいそうで怖かったのだ。

しかし、溜まるものは溜まる。発散するためにレイリーは他の女のもとへと向かった。そんなレイリーにレナは何も言わなかった。もしかして本当に何も分かっていないのではないか、という疑問がレイリーの頭に生まれるのは必然であり、そんな考えが浮かんでしまうと「自分は彼女が知らないことをいいことに好き勝手にやっている」という後ろめたい思いに良心が痛んだ。
これではいけないとレイリーは慎重に言葉を選びながら自分が他の女のもとへと行っていることを知っているのかと尋ねた。するとレナは知ってますよと少し悲しげな顔をして答えた。


「だったらなぜ行くなとは言わないんだ?」
「レイリーさんが私を大切にしてくれていることは知ってましたし、何よりレイリーさんはどこにいても必ず私のもとに帰ってくるって信じてるので」


ふわりと笑った顔があまりにきれいで、レイリーは思わずその顔に手を伸ばして唇が触れるだけのキスをした。
この子のすべてを知りたい。
レイリーは唐突にそう思った。


「いいかい?」


無垢だが無知ではないレナはレイリーの瞳に宿る感情の意味を知っていた。


「……やさしく、お願いします」


翌日のレナは蕾だった花が咲き誇ったような美しさを纏っていた。朝日に照らされて眠る穏やかな表情に、レイリーは残りの生涯をかけて愛することを誓った。



*****



あれから変わることないレナの優しさに遭遇するたびにレイリーの胸は高鳴り、抱き締めたい思いでいっぱいになる。けれどレナはあくまでその思いやりを隠し通すつもりでいるので、レイリーは膨れ上がった想いを表に出さないよう必死にならなければいけなかった。
今でも無意識に浮かべてしまう笑みを抑えることが大変だった。

軽やかな足取りで扉の向こうから歩いてくるレナの足音が聞こえたレイリーは雑誌をもとの位置に戻して、椅子にかけてあった外套を羽織りレナを待つ。


「お待たせしましたレイリーさん」
「じゃあ行こうか」
「はい」


レナがくるりと方向転換した勢いにやわらかな髪がふわりと舞う。そんなことにさえレイリーは愛しさを感じ、キャパオーバーして抑えられなくなった想いがその身体を動かした。

レイリーは扉を開こうとするレナの手首を捕まえて無防備なその額にキスを落とす。


「どうしたんですか?」
「君が可愛くてね」
「ふふ、変なレイリーさん」


笑った顔はレナを一層美しく見せた。


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