蝉時雨の降る雑木林。私はそんな雑木林の外れに建つ日本家屋の畳の上で何をするでもなく寝っ転がっている。命を燃やし尽くした蝉のように仰向けで。
蝉時雨とともにジリジリと内側から蒸発されるような暑さが肌の表面に不快な汗を流させる。

暑い、暑い、暑い。夏なんて死ねばいいのに。

縁側に飾った風鈴がそんな私に「まあまあ」と宥めるようにきれいに響く鐘の音を立てる。でも、扇風機を回したところで気休めにしかならないこの暑さ。文句を言っても怒られはしないだろう。


「夏なんて死ねばいいのに」
「また物騒なこと言ってるなレナさん」


古びた飴色の天井を映す視界に麦わら帽子のよく似合う赤髪の少年が逆さまに現れた。


「あら。来てたのシャンクスくん」
「今着いた」
「ごめんね、全然気付かなかった」
「いいよ。どうせ鍵は開いてるし」
「それもそっか」
「それよりレナさん、夏が死ねばいいなんてさびしいこと言うなよ。おれ、夏にしかレナに会えないのに」


拗ねたシャンクスの顔はまだ幼さを残している。たしか今年で十四歳って言っていた気がする。若いなぁ。


「学生は大変だね。あれ? 中学生は生徒って言った方がいいの?」
「知らね。そういうレナさんもまだ学生じゃん」
「中学生と大学生は全然違うよ」


ふふん、と得意気に笑ってみせるとシャンクスは困った子どもを見るような視線を送ってきた。まだまだ子どものくせにさも大人ですよと言いたげな顔がまたなんとも生意気だ。


「生意気なシャンクスくんにお仕置きだ!」
「は!? え、ちょっ、レナさん!」


戸惑う声は無視。シャンクスの足を引っ張って、まだ大人になりきれていない細い身体を畳に沈める。突然のことだから受け身もできなかったシャンクスが痛みで悶えている。ざまあみろ。私はその隙にマウントを取って涙目になっているシャンクスを上から悠々と見下ろした。
お互い無言のまま時間が過ぎる。
先に口を開いたのはシャンクスだった。


「……どういうつもりですかレナさん」


困惑と、それから仄かな期待の色が見え隠れする目。でも私はそれに気付かないフリをして、いつものようにニヤリと笑った。


「どういうことって……こういうこと!」
「え、あ、わははははははは!!!レナさ、ちょっと、ま、はははは!!!」


やっぱりどんなに大人びているところでシャンクスは子どもだ。私のこちょこちょ攻撃に涙を流しながら大声で笑うその姿はどこからどう見ても十四歳の少年で、私はその姿に安心した。そう。彼はまだ少年だ。


「は、油断大敵!」
「あ!」


どうも気が緩んでいたみたいだ。私にマウントを取られて笑い転げていたシャンクスがその隙を見逃さず、形勢は逆転。今度は私がシャンクスを見上げる側になってしまった。


「いい顔してるね」
「そりゃね。おれが味わった地獄をレナさんに味あわせてやるよ」
「……ノーサンキュー」
「それはできない相談だ!」
「ふ、あはははは、ははははは!!待って、待ってちょっ、あは、むりむりむり!!!」


横腹をくすぐられ笑いが止まらない。息が苦しくなってシャンクスを身体の上から退けようと足をばたつかせるけどシャンクスはまったく動かない。嘘でしょ。

しばらくしたらシャンクスは私を苦しめるその指を止めた。望んでいた解放に私は咳き込みながらなんとか息を整える。でも、シャンクスが私の上から退く気配はない。どうしたの、と声をかけるためにそらしていた視線をシャンクスに合わせた瞬間、シャンクスの瞳に射ぬかれてゾクリとした何かが背中を駆けた。
今までシャンクスから感じたことのないこれは……あれ、シャンクスってこんな雰囲気だったっけ?
一瞬にして知らない誰かになったシャンクスに戸惑うけれどその動揺を感じさせないよう努める。
湿度の高い空気にシャンクスの首で汗が生まれた。その汗は重力にしたがって首を伝い、シャツの中へと消えていった。


「レナさん」


すだれの向こうでは殺人的な光が蝉を焼いている。それでも蝉は命を燃やして喧しく騒がしくおれを見ろと歌っている。


「レナさん」


畳と触れる素肌はうっすらと汗ばんでいる。一定の間隔でぬるい風を運んでくる扇風機はもう少しでガタが来そうだ。


「なぁレナさん、おれ」
「しー」


シャンクスの口に人差し指を軽く押し付ける。シャンクスの唇はちょっとかさついていた。


「その言葉の続きは大人になるまで言わない約束でしょ?」
「……はい」


シャンクスの顔には不満しかありませんと書かれている。


「ふふ、とりあえずおやつでも食べよっか」


頷いたシャンクスは私の上から立ち上がって、何も言わずを引き起こしてくれる。


「近所のおじいちゃんからスイカをもらったの。裏の川で冷やしてるから取って来てくれる?」
「わかった」


勝手口から出していくシャンクスの後ろ姿を眺めながらさっきの言葉を思い出す。その言葉の続きをシャンクスより渇望してると知ったら彼はどんな顔をするだろう。

私はシャンクスが怖い。理由は片手では足りない年の差。しかもシャンクスはまだ中学生だ。彼から向けられる視線に宿る熱に気付かないほど私は子どもじゃないのに、その熱視線を好ましく思っている自分がいる。だから怖いのだ。
シャンクスは人を惹き付ける才能のようなものをもっている。きっと私よりも若くて可愛い子なんてシャンクスなら選り取り見取りだろう。いや、そうに違いない。その中でシャンクスが好みの子を見つけて私から離れていってしまうかもしれない。だから未来の私が傷つかないように本音を隠して、想いを受け取らず、先延ばしにして、彼をできるだけ"少年"として見た。

けれど、ほんの少しずつ、でも確実に、彼は大人に近付いている。

シャンクス。もしあなたが大人になっても私を好きでいてくれたのなら、私は喜んでその言葉を受け取るわ。

不確定な未来に希望を託して、私は今日も戯れる。


この感情を言葉にできない
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