『海に行こう!』
ピコンとメッセージの受け取りを知らせる音を聞いてアプリを開けばエースからのデートのお誘い。私はカレンダーを見て、今の時期を確認する。うん、今は世間一般でいうお盆明けのはず。私は指を動かしてエースにメッセージを送る。
『お盆明けだよ?』
『そのくらい知ってる!海に入るわけじゃないから大丈夫だろ』
よかった。流石にお盆明けの海で泳ごうと思ってはいなかった。そういうことならと急いでメッセージを返す。
『海辺を散歩ってわけね。行く行く!』
『よっしゃ!じゃあ明日いつもの場所に昼集合で』
『その昼ってのは12時ってことでオッケー?』
『オッケー!』
『了解。明日楽しみにしてる』
『おれも楽しみ!』
『それじゃあおやすみレナ』
『おやすみエース』
布団に入ってもワクワクが止まらなくて、高校生にもなって海に行くだけでこんなに心が踊ってる人なんかいないよなと思いつつ目を閉じた。布団に入ったのは十二時過ぎだったのに意識が沈む前に見た時計は二時十五分を指していた。
*****
「あっっっっつい!」
「そうか?」
「……エースのその耐熱機能がほしい」
「そんなことより早く行こうぜ!」
「そんなこと……」
はじめての無人駅を出て、車はおろか人影すら見えないような場所に私とエースはいる。一時間以上電車に揺られて着いたそこはエース曰く穴場スポットらしい。なんでも写真好きなサボくんが教えてくれたそうで電車のなかでサボくんが撮ったという写真を見せてもらい思わず感嘆の声を上げてしまった。その写真を見たあとだとここがなぜ無名なのかすら分からない。
こんな静かで、蝉時雨が騒がしい場所に来たのはいったい何年ぶりだろう。どこを向いても青々と生い茂る緑が広がっている。私たちが住んでいる街も都会というほど都会ではないけど、肺を満たす空気はここのほうがおいしく感じた。
「レナ、見えてきた!」
数歩前を歩いていたエースが肩越しに振り向いて前方を指差す。木々の間から見えたのは太陽の光を反射する海面だった。
「海まで競争!」
「え、嘘でしょ!?」
言うが早いか。私の声も聞かずにエースは走っていった。
「もー!こんな炎天下のなか走るとかホントふざけてる!!」
部活ばかりで一緒にいれる時間が少ないなかでのデート。私は一秒でも長くエースといたくて、木漏れ日の続く道を走った。
運動部でないのに走り切った私を誰かほめてほしい。
肩で息をしながらようやくたどり着いた海岸には写真で見た通り、規模は小さいけれど二人だけには十分すぎる砂浜が広がっていた。
「すごい……」
「早かったなレナ」
私より先にたどり着いていたエースはなぜか海岸沿いの道路の向こうからやって来た。
「そっちに何かあったの?」
「個人経営の商店があった。ラムネ売ってたからあとで買おうぜ」
「いいね。ラムネなんてそれこそホント何年ぶりだろ」
エースのとなりに並んで砂浜へと下りていく。
「サボくんが撮った写真ってこの位置から撮ったのかな」
「あ、カニ!」
「ちょっと私の話聞いてる?」
「悪ィ悪ィ。で、なんだって?」
「もう。だからここが……うわぁシーグラス!」
「おまえも人のこと言えねェからな!」
お互いにテンションが上がって好き勝手に喋って離れて近づいて。波打ち際までたどり着くのに想像以上の時間がかかってしまった。
サンダルを手で持って、海へ一歩踏み込む。
「あ〜気持ちいい……」
冷たい海水が押し寄せては白い砂をさらって戻っていく。押し寄せて、戻って、また押し寄せて。気がつけば足は脛まで海に浸かっていた。そして、そこでようやくあれだけ海にはしゃいでいたエースの声が聞こえないことに気がついた。どうしたんだろうと慌てて振り返ると、エースは波打ち際に立ったまま水平線の向こうをじっと見つめていた。
「エース、どうしたの?」
波打ち際まで戻ってエースに声をかけてみても上の空で生返事をする。
一瞬だけ、その横顔が私の知らない表情をした。エースなのにエースじゃないような、言葉で言い表せない奇妙な感覚。私は怖くなってエースの腕を掴んでもう一度名前を呼んだ。
「エース!」
「ん?」
私を見たエースはいつも通りのエースで、幻を見たような、化かされたような、変な感じがした。
「どうしたんだよレナ」
「そっちこそどうしたのよ」
「何が?」
「海をずっと見てたじゃん」
「あぁ」
エースが納得したように声を出し、また海を向く。
「なんだかさ……誰かに呼ばれてるような気がするんだ」
「え、怖っ」
「おい。フツーそこは『素敵!』ってなるもんだろ」
「エースってたまにロマンチストになるよね」
「うるせェ」
「拗ねた?」
「拗ねてねェ」
「拗ねてるじゃん」
「だから拗ねてねェって言ってるだろ!」
「ギャッ!!」
「ハハハハハハッ!色気のねェ声だな!」
「この野郎!これでも食らえ!」
「そんな攻撃じゃ当たらねェよ!」
「その顔ムカツク!」
「ハハ、ほーらこっちだこっち!」
それからはまるで小さい子どもに戻ったみたいに、誰の目も気にすることなく二人で水を掛け合った。堤防に座って飲んだラムネは最高においしかった。
「久々にあんなにはしゃいだ」
「だな。これ、服が乾くまで電車に乗れねェぞ」
「今日こんなに日差しが強いし、ここで涼んでたらそのうち乾くでしょ」
砂浜の端に生えている大きな木の下で私とエースは何をするでもなくぼぉーと水平線を眺めていた。こうやって無言でいる時間でも何か話さなきゃと思わないでいいからエースのとなりは心地いい。
「なぁレナ」
「んー?」
「来年もここに来ような」
たったそれだけの言葉で私がどれだけ喜んでいるのか、エースはきっと知らない。でも、それでいい。
「きっとだよ」
「男に二言はねェよ」
「なら信じてるから」
「おう」
そう言ってエースは私のうなじに手を回して一瞬だけのキスをした。
「誓いのキスってな」
「……それちょっと意味違うんじゃない?」
それでも真っ青な空と海を背に笑うエースは、真上で宇宙を照らす太陽なんかよりずっと眩しかった。
重なった手を絡み合わせる。
真夏の、誰もいない砂浜で私たちは未来を誓った。
真夏の日差しと君の笑顔