大体、裸で男二人が向き合って、何が愉しいというのか。かちこちかちこち。時計の音が自棄に煩い、うるさい。



「…おい、集中しろ。」
死にたい。その四文字が脳味噌の淵をぐるぐるとなぞり今直ぐにでも茹だりそうだ。ぐちゃぐちゃに掻き回された沸騰寸前の思考回路にて幾ら全うな答えを巡らせようとも行く先は其の四文字に行き着く。全くもって憎たらしい。喉が酷く枯れる。心の底から水分を欲した咽喉から嗚咽交じりに吐息が漏れ出し情けなく小刻みに震えた。ふらふらと力無く伸ばした隻手で目の前の男の肩口を握り指先に力を込め爪で肉を抉ったやると低く苦痛の声が鼓膜を掠った。へへ。ざまあみろ。
「てン、…め…!」
「…う、ア゛…ッ」
乱暴な程に握りこまれていた自身の先端を爪先で抉られ先程まで耐えに耐えていた声が吐き出され足の指先までびりびりと冷感と熱感が脳天から足の爪先迄快感が這い回り竦み上がった。ぜえぜえと息を荒くさせながら目蓋を恐る恐ると開き涙か汗かもわからぬものでじっとりと濡れぼやけた視界で男の顔を捉えると視線に気付いた男はゆっくりと黒目を合わせ見下すような、嘲笑うかの様に口許を愉快そうに歪めて不敵に笑みを浮かべた。にやつくそいつの顔を眺めながら頭の端にて嫌悪の念を膨らませつつ舌打ち一つ打ってみせ苦渋に塗れた顔を男に向けた。それを見るなり満足そうに鼻を鳴らせば伸ばした隻手で顔を掴み力任せに引き寄せられればぎちぎちと顎の関節が悲鳴を上げる。
「…そんな睨むなって、弱いもの苛めしてるみてえじゃねえか、ナア?乱馬。」
本来ならば罵声を上げて遣りたいところなのだが口許を抑え込まれ言葉が発せない状況下に置かれた今ではくつくつと嗤うそいつを憎々しげに睨見上げる事しか出来なかった。暑い、アツイ。あつい。ぐらぐらする。脳味噌がふやけて沸騰しちまいそうだ。今にも握り潰しそうな程に握力を強めてくる腕を振り払い喉奥から競り上がってきた圧気に噎せ返り猛烈な吐き気と共に促された其れを床に吐き出した。
「…、げほッ…、くっそ、ぶっ殺す…!」
「あんだけ嬲ってやってるっつーのに達かねえってのはどういうことだよ、不能か御前。…それとも、半分女だから勃つモン勃ちますけど、出ませんってか」
「るっせんだよ…この、くそ童貞豚野郎が…ッ!」
「…ンだと貴様ァ!御前で卒業してやったっていいんだぜ俺は。御前が男だろうが女だろうが俺は、…、…おれ、は、」
嫌味な程に余裕癪癪とした態度を取っていた男だったが突然言葉を途切れ途切れに紡ぎ語尾を小さくさせもごもごと口唇を動かしながら黒目を游がせた。至って挙動不審と見える男に疑問府を浮かべては頸を傾げ打って変わって豹変したそいつの一連の挙動を見ながらその意図を上手く拾ってやればにんまりと口の形を弧にして笑い皺を深くさせながら至極愉し気な声色にて、
「俺は、…なァーんだよ、Pちゃん?」
「…だ、誰がPちゃんだ!俺は、俺はだなァ…!」
身を震わせながら赤くなったり青くなったりと独り忙しい男を眺めながら込み上げてくる笑いを抑えきれずとうとう噴き出してしまった。けらけらけらけら。枯渇した咽に渇いた笑い声が変に湿った部屋に木霊する。腹部も掌も下半身もぐちゃぐちゃのどろどろで、汗臭さと青臭さが充満してどう考えても笑える状況とは程遠い現状なのにも関わらず、声を上げて笑った、笑うしかなかった。
「…なァにがそんなにおかしいんだ己は!」
軽快に響くその笑い声が癪に障ったのが肩を怒らせながら身を乗り出し怒りを露にするそいつの意表を突いて目前に迄迫って来た男の顔を掴み上げ引き寄せればうっすらと双眸を細め予想外の展開に驚愕し面喰らってる男を余所にし、
「早く続き言わねーと萎えちまうだろうが馬鹿良牙、それとも豚と女の姿の方が言いやすいかよ、俺も御前も餓鬼じゃねーんだ、俺がいつでも助け船出してやると思ったら大間違いだ…、ぞ、ンむ?!」
呆けていた彼はいつの間にか正気を取戻し科白半ばで唇を押し付け言葉ごと塞いでしまった。塞いだだけで後腐れなく唇を離せば腕を組んでふん。と鼻を鳴らしながら、
「貴様に助け船何ぞ寄越された憶えはねえ!逆に言えば俺の方が、……いってえッ!」
愚痴を洩らすかの様な具合にぶつぶつとぼやくと、がちん。と鋭い衝撃が口腔を刺激した。厳密に言うならば口腔、というよりも歯なのだが。唇に触れた意外にも柔かなそれを目の当たりにしたならばある程度状況を察するが何はともあれそれ以上にもじんじんと痛む歯に意識が集中してしまい思い思いに歯を食い縛り、生理的に滲んだ涙を拭う事なく今はその唇を甘んじる事にした、のだが。早くも触れただけの其は呆気なく離れ先程の弄らしい口付けとは裏腹にめんごくない悪態を吐いた。
「…、は。御託は、程々にしとけよ、良牙。今日の事だって元はと言えば御前が…、ッ!」
これ以上悪態を聞いてやる義理も無いのでばくりと悪態ごと食い荒らしてやるつもりで今度は唇を塞ぐだけでは飽きたらず強引に歯列を割り開いて舌を彼の口腔へと捩じ込み勝手も分からず好き勝手に貪れるだけ貪ってやった。奥へ奥へと逃げようとする舌を無我夢中で追い掛け回しべちゃべちゃと御互いの唾液塗れになりながらざらりと擦れ合う感触が余りにも心地好くて我を忘れ舌先で口蓋をなぞりびくりと反応を兆す彼が面白くて僅かに慣れた舌使いで擽るように口腔を舐め回し満足するまで蹂躙してやるとぶるぶると彼の膝が震えているのが目端に入りさっさと折れろ。と意地になって不意に背中に回した手の指先で背骨を下になぞり尻の割れ目に中指を食い込ませた瞬間一層彼の身体が硬直し膝を支えていた力が弛み遂に床に膝を降ろしてしまった。「は、は…ッ、そんなに俺のキスが気に入ったかよ乱馬、男がらのキスで腰を抜かすたァ、大した事ねえなあ。…、ま。しょーがねえよ、俺が上手過ぎただ…、うぐあッ!」「良牙の癖に調子に乗ってんじゃねーよ、バーカ。御前今何処に指突っ込もうとしてんだよクソ野郎!上等だゴラ!御前にも突っ込んで遣るからケツ出せケツ!」
渾身の足蹴を顎に御見舞いされ衝撃で壁に飛ばされ叩き付けられれば軽い脳震盪に見舞われぐらぐらと目眩を催し気を失いそうになる――――…、が。

意識を失う前に頚を勢い良く左右に振り半強制的に意識を覚醒させ鋭利な眼孔を向ければ大口開けてぎゃあぎゃあとわめき散らしだした。
「いってえじゃねえか乱馬!貴様ふざけるのも大…概、に、」
「そりゃ、此方の科白だ、っつの、…ッ半分女だからって馬鹿にしてんじゃねえ!俺はホモになった憶えはこれっぽっちもねえぞ!」
先程の行為は彼の琴線に触れてしまったらしく今にも泣きそうな顔で鼻筋と眉間に皺を寄せながら力一杯の罵倒を浴びせ肩を大きく上下させていた。その姿に圧倒され呆気に取られながらも口を開きまたもや黒目をそこここへと游がせてもごもごと白とも黒ともつかぬ口調にて小さく紡いだ。
「俺がホモみてーな言い方、すんな、……、確かに、貴様はオカマの変態野郎だが俺は、……、断じてふざけている訳でも馬鹿にしている訳でも、無い」
「じゃあなんだよ。」

「俺は、」

そろりと游ぎ廻っていた黒目が漸く此方を向いた。

「……、俺は、だな」

切羽詰まった顔をしながら辿々しく紡がれてくるであろう詞に胸に違和感を覚えた。ちりちり、ぢりぢり。これ以上は聞くべきか聞かぬべきか。どちらとしても後には退けない。ぐらり。目眩がする。

「御前が、」

やめろ、やめろよ、気持ち悪い。御前をそういう目でなんか見たくねえ。気持ち悪い。ああくそ。後ろ足がずるずると逃げ足に変わる。逃げたい気持ちが募りに募って無意識にも及び腰になってしまう。





「好きだ、……、とでも言うと思ったかよ。」

自嘲気味に呟かれたそれを聞いて、始めてみた男の傷付いた顔を映すと息を飲んだ。

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