くにはる社長としのぶくん

※暴力表現有。

血腥い空気が喉に張り付いて吐き気がした。指先でぶらつかせていた何にも割ってもいない純水な焼酎を瓶ごと一気に呻って喉に流した。だが食道を通って胃に滴る其はアルコールで喉を焼いただけで全然潤った気がしない。寧ろさっきよりも渇いた気がする。そのまま熱は胃に沁みて直ぐに酷い酩酊感が脳に昇った。それと同時に口内では少量の血と酒が混ざって思わずその拍子に噎せた。咳き込む序でに酒の混ざった血反吐を地面に吐いて、そのまま、ほう、と空を見上げた。月も無ければ星一つない真っ暗な空。己を照らす光と言えば今にも消えそうな蛾の沢山集った電灯、そして漂うのは鉄臭く、どこか生温い空気。決して心地好くは無いが心から安堵出来るこの空間は嫌いでは無かった。

「餓鬼が焼酎割らねえで飲むなんざ10年はえーよ、」

硬質な靴音を鳴らしながら此方へと闊歩する人影は人を小馬鹿にした笑いを混じらせながら地を這うかのような低音を響かせた。その声が耳に入ると一瞬夜空が己に問い掛けたのでは無いかと錯覚するがそんな現実離れした考えは見事に打ち砕かれ仕方無く空から視線を変えて声主の元へと顔を向ければ、びしゃ。と炭酸系のべたべたとする液体を液体を顔面に掛けられ反射的に目を瞑ればだらだらとぽたぽたと髪の先から落ち顔中を伝うそれを腕で拭うとつん、と鼻につく臭いに思い切り眉根を顰蹙させビールが掛かってきた方をうっすらとこめかみに青筋を浮かび上がらせながら上目で睨み付けた。
「安っぽい酒寄越すんじゃねーよ、」
「あん?、吾代手前いつからそんなでけえ口聞くようになったんだ?、」
「誰の元にもついた覚えねーよ」
「デスクワークも録に出来ねえ餓鬼が生いってんじゃねえよ喧嘩も殺しもそこらにいる虫だって出来んだ、それだけの事ででかい面してるって事は手前は虫以下ってこったな。」
「……、」
言い返す言葉が無くて悪態序でに舌打ちを打っては口を接ぐんだ。これ以上何か云っても男は難なく其をかわしつつ何倍もの応酬を返して来るだろうしそもそも語彙が著しく貧困な自分が言い合いで勝てるわけがないのだ。すぐ頭に血が昇ってしまう性分の為激昂したら最後、完膚なきまで打ち熨めすのが道理なのだが目の前に佇むこの男に対してだけは話が変わってくる。早乙女國春。裏の世界でこの男の名を知らない者はなく、早乙女金融の取締社長務めるそういう社会ではトップにいる男だ。汚い仕事も何だってやる。ヤミ金、潰しも、殺しも。先程ビールを顔に掛けられた高校生くらいのまだ顔に幼さが残る青年、吾代忍は早乙女の下で働く言わば雑用担当のしがない社員である。
「――早乙女サン、」
酷く、落ち着いた声で彼の名を口にした。すると鋭く射るような視線が此方へと向けられ大きく腕を振りかぶったかと思いきや五本の指が首に食い込んだ。そのあまりの速さに反応が遅れ呆気なく取られた首はずるずると壁を伝って半場強制的に持ち上げられ直接喉を圧迫されているためか肺に循環された二酸化炭素が喉に溜まって息苦しい。
「う、…ぐ、」
「いつお前に俺の名前を呼んでいいっつったよ。――後、口にも気をつけろ。何遍いったら理解すんだろうな、吾代。」
「さ、あ。アンタの教育がよくねえからじゃね―の。」
まったくもってこの状態に可笑しい事などないのに。無意識に口元は釣り上がり半笑いで皮肉気に返事を返してやると――どす。と腹に鈍く、重い衝撃が走り、内臓が抉れたのではないかと意識がちかちかと暗転する。それが蹴りであると理解するときにはもう遅く男の手から首が解放され重力に従って落下し、地面へと膝をついた。嗚咽を洩らすまいと下唇を血が出るほど噛み締めて悶える青年の姿を男は見下ろしながら床に転がった焼酎瓶を手に取れば嘲笑うかのように鼻を鳴らし口を開いた。
「……うるせえ声上げなかっただけでも褒めてやるよ。だけどな吾代。勘違いするなよ。お前がこの世界でやってけんのは俺の俺のおかげだってことをな。――ああ、でも恩に着せようなんざ一ミリも思ってねえよ。俺がやれって言ったことは喧嘩でも殺しでもやれ。その分は給料もやるし面倒も見てやる。」
吸って、吐いてのインターバルを繰り返している内に男から紡がれていた言葉は己の耳に入ることはなく頭の上を通り過ぎるだけだった。噛み締めた唇の皮膚が破れて血が滲んだ。


―――――畜生!!!!!!!!!!!!!!、


溝鼠のように溝水啜って薄汚くて地を這うことしかできない。自分がとても惨めで。他人の人生を踏みにじってその金で飯が食えるこの世界で、犬死するのがお似合いなのは百も承知なのだが。やはり、悔しい。自分は捕食側の人間なのに、この男のせいで捕食される側というレッテルが貼られてる様な気がして。いつの日だったかこの男にその思いを話したこともあったがなにも変わらぬ飄飄とした態度で「上等じゃねえか、」とびしゃびしゃと頭から酒をかけられた思い出がある。
「…、ぶっ殺してやる」
誰にも聞こえないような掠れた声で呟いた。唇から滴り落ちる血が唾液と混じりながら歪なまだら模様を作っていく。そんなこと、そんなことはどうでもいい。今日は何人のした、だとか殺した、だとかどうでもいい。その中にこの男が入っていないのなら、どうでもいい。いつかこの男は殺してやる、いや、ぜってえ殺す。

ぴしゃん。瓶の中の液体が揺れた瞬間、

「そりゃ楽しみだ、」と男が笑っているような気がした。

(アンタは今でも生きてるんじゃねえかって、俺は、)



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